環境移住の理論的考察
環境と価値観の循環モデルの構築
執筆者:阪口ユウキ
2026年1月13日作成
要旨 (Abstract)
本研究は、「環境移住」という新たな概念を提示し、その理論的枠組みを構築することを目的とする。環境移住とは、「環境そのものを基準に、文化・価値観・社会的環境を含む要素を用いて、家族・個人の長期的な価値観形成に最適な居住環境を主体的に選ぶ移住」と定義される。本研究では、ブルデューの文化資本論とハビトゥス、および環境心理学のPlace Attachment理論を統合し、環境と価値観の循環モデルを提案する。
このモデルは、1)価値観に基づく環境選択、2)環境との日常的相互作用、3)新たな文化資本の獲得、4)ハビトゥスの再構築、5)再構築されたハビトゥスに基づく次の環境選択という5段階のプロセスから構成される。南フランス・エクサンプロヴァンスへの移住事例を通じて、このモデルを実証的に検討した。
本研究の貢献は、移住研究における時間軸の拡張、環境を物理的条件だけでなく文化・価値観を含む包括的概念として捉える視点の提示、既存の移住形態(教育移住、ノマド移住、ライフスタイル移住、田園回帰)を統合する分析視角の構築にある。なお、本研究で提示した循環モデルの検証のため、著者は2026年8月からカナダ・バンクーバーへ再移住予定であり、複数環境での縦断的研究を計画している。
序論
21世紀に入り、働き方の多様化、デジタル技術の発展、そして家族の価値観の変化が、人々の居住地選択に大きな影響を与えている。
リモートワークの普及により、従来は職場への物理的アクセスが最優先だった居住地選択の基準が変わりつつある。教育移住、ノマド移住、ライフスタイル移住といった多様な移住形態が注目を集め、人々は「どこに住むか」を、経済的条件や利便性だけでなく、生活の質や個人の価値観に基づいて選ぶようになってきた。
しかし、既存の移住研究の多くは、移住の「動機」や「選択プロセス」に焦点を当てており、移住後に環境が人々の価値観や生き方にどのような影響を与えるかについては、十分に理論化されていない。教育移住研究は教育制度や教育機会に注目し、ノマド移住研究は働き方や居住の柔軟性に焦点を当て、ライフスタイル移住研究は生活の質や個人の願望を重視する。これらはいずれも重要な視点であるが、移住後の環境と価値観の相互作用という長期的・動的プロセスを包括的に捉える理論的枠組みは、まだ十分に確立されていない。
本研究が提起する問いは、「移住は生活拠点の最適化なのか、それとも人の内面がどう形成されるかの問題なのか」である。環境は単なる背景や条件ではなく、人格や価値観を形成する力を持つ。街の空気、距離感、時間感覚、美意識、暗黙のルールといった日常的環境要因が、居住者の価値観形成に長期的影響を与える。価値観は内側だけで完結せず、置かれた環境に強く左右される。環境が変われば、意識的な努力をしなくとも行動が変わる。したがって、「どう生きるか」を決める前に、「どんな環境に身を置くか」を考えることが重要である。
本研究の目的は、「環境移住(Environment-Oriented Migration)」という新たな概念的視点を提唱し、移住を分析・評価するための枠組みを提供することである。理論的意義として、時間軸の拡張、循環モデルの構築、包括的環境概念の導入を行う。実践的には、移住を検討する個人・家族に対して、機能的条件だけでなく環境全体を考慮した意思決定の枠組みを提供し、移住後の適応と長期的幸福の向上に寄与することを目指す。
第1章 概念と定義
1-1. 環境移住とは何か(概念定義)
定義
環境移住とは、文化・価値観・社会的環境を含む”環境そのもの”を基準に、家族や個人の長期的な価値観形成に最適な居住環境を主体的に選ぶ移住である。
この定義には、三つの核心的要素が含まれている。
第一に、「環境そのもの」を基準とする
従来の移住研究では、教育制度、経済機会、気候、治安、インフラといった個別の条件が分析の対象となってきた。しかし環境移住では、これらを個別の条件としてではなく、”環境”という統合的な概念として捉える。環境とは、物理的条件(気候・治安・インフラ)だけでなく、文化、人々の態度、言語、街のリズム、歴史、価値観、食習慣、季節感、時間の流れ、地域コミュニティ、美意識、暗黙のルールといった社会文化的要素を含む包括的概念である。
環境は単なる背景ではなく、人格や価値観を形成する力を持つ。例えば、南フランスのエクサンプロヴァンスでは、朝市での対面交流、昼休みの長さ、日曜日の店舗閉鎖、挨拶の習慣、地産地消の食文化といった日常的環境要因が、居住者の時間感覚、人間関係の距離感、消費行動、美意識に影響を与える。これらは制度や政策として明文化されていないが、居住者の生き方を形づくる強力な環境要因である。
第二に、「長期的な価値観形成」を目的とする
環境移住は、短期的な利便性や機能性ではなく、長期的な価値観形成を重視する。価値観は内側だけで完結せず、置かれた環境に強く左右される。環境が変われば、意識的な努力をしなくとも行動が変わり、やがて価値観そのものが変化する。
例えば、車社会から徒歩中心の街に移住すれば、移動の習慣が変わり、やがて時間の使い方、人との出会い方、身体感覚、環境への配慮の度合いが変化する。これは単なる行動変容ではなく、価値観の再構築である。環境移住は、「どう生きるか」を決める前に、「どんな環境に身を置くか」を考えることの重要性を強調する。
第三に、「主体的に選ぶ」という行為
環境移住は、受動的な移住(経済的必要性や政治的理由による強制的移動)ではなく、能動的・主体的な環境選択である。自分たちの価値観を出発点とし、その価値観と調和する環境を探索し、選択し、そこで生活することを通じて新たな価値観を形成していく。このプロセスは、一度きりの選択ではなく、循環的・継続的プロセスである。環境を選び、環境と相互作用し、新たな価値観を獲得し、それに基づいて次の環境を選ぶ、という循環が続く。
1-2. なぜ「環境移住」という視点が必要なのか
既存の移住研究は、それぞれ重要な貢献をしてきた。教育移住研究は、子どもの教育機会を最大化するための移住戦略を明らかにし、ノマド移住研究は、働き方の柔軟性と居住の自由を追求する新しいライフスタイルを描き出し、ライフスタイル移住研究は、経済的動機を超えた生活の質や個人の願望の重要性を示してきた。
しかし、これらの研究には共通の限界がある。それは、移住を「特定の目的を達成するための手段」として捉え、移住後の環境が人々の価値観や生き方にどのような影響を与えるかについて、十分に理論化していないことである。
部分最適化の罠
教育移住を例に取ると、多くの研究は子どもの教育機会(学校の質、言語習得、国際的環境)に焦点を当てるが、親の文化的適応、家族全体の幸福、日常生活の質といった要因については、あまり注目されてこなかった。その結果、子どもの教育条件は最適化されたが、親が文化的に孤立し、家族全体のウェルビーイングが低下するケースが生じる。
ノマド移住においても、仕事環境の機能性(Wi-Fi速度、コワーキングスペース、コスト)は重視されるが、日常生活の環境(街の文化、人々の態度、季節感、美意識)が見落とされがちである。その結果、仕事の効率は向上したが、生活の充実感や幸福感が得られないケースが生じる。
これらは、「部分最適化の罠」と呼べる現象である。特定の条件を最適化することに集中するあまり、環境全体のバランスや、環境が人に与える長期的影響が見落とされる。
環境移住が提供する視点
環境移住という視点は、この部分最適化の罠を回避するための枠組みを提供する。環境全体を統合的に評価し、家族全員の幸福、長期的な価値観形成、環境と人の相互作用といった多層的要因を考慮に入れる。
環境移住は、「教育のために移住する」ではなく「教育が起こり続ける環境を選ぶ」という発想の転換を促す。教育は学校やカリキュラムだけでなく、日常の生活環境全体で起こる。街の文化、人々の態度、季節感、食習慣、時間の流れといった環境要因が、子どもだけでなく親も含めた家族全体の学びと成長を支える。
同様に、「働くために移住する」ではなく「仕事と生活が調和する環境を選ぶ」という視点を提供する。仕事の効率だけでなく、日常生活の質、人間関係の豊かさ、文化的刺激、長期的な幸福といった要因を統合的に評価する。
1-3. 環境移住の機能:既存移住形態への適用
環境移住は、新たな移住の「類型」ではなく、あらゆる移住に適用可能な「分析視角」または「評価の枠組み」である。既存の移住形態に環境移住という視点を適用することで、それぞれの強みと限界を明らかにし、より包括的な移住戦略を構築することができる。
教育移住への適用
従来の教育移住研究は、子どもの教育機会(学校の質、言語習得、国際的環境)に焦点を当ててきた。環境移住の視点を適用すると、以下の問いが追加される。
- 親の文化的適応はどうか。親が文化的に孤立していないか。
- 家族全体の幸福度はどうか。子どもの教育機会が向上しても、家族全体のウェルビーイングが低下していないか。
- 日常生活の環境はどうか。街の文化、人々の態度、季節感、食習慣といった環境要因が、家族の価値観形成にどう影響しているか。
例えば、マレーシアの母子留学を考えてみよう。多くの家族は、英語教育の質、教育費の安さ、治安の良さといった条件に注目する。しかし環境移住の視点からは、さらに以下の問いが重要になる。母親は現地の文化に適応できているか。母親が文化的に孤立し、日常的に孤独を感じていないか。家族全体の生活リズムや価値観は、この環境と調和しているか。子どもの教育機会が向上しても、家族全体の幸福が低下していれば、それは全体最適とは言えない。
ノマド移住への適用
ノマド移住研究は、働き方の柔軟性、居住の自由、コストパフォーマンスといった機能的条件に焦点を当ててきた。環境移住の視点を適用すると、以下の問いが追加される。
- 日常生活の環境はどうか。仕事環境の機能性だけでなく、街の文化、人々の態度、季節感、美意識といった環境要因が、生活の質にどう影響しているか。
- 長期的な価値観形成にどう影響するか。短期的な利便性だけでなく、この環境での生活が、自分の価値観や生き方にどのような長期的影響を与えるか。
- 自分は何を大切にしているか。機能性だけでなく、自分の価値観と調和する環境を選んでいるか。
例えば、タイのチェンマイとポルトガルのリスボンを比較してみよう。両者ともノマドワーカーに人気だが、環境は大きく異なる。チェンマイは、コストが安く、デジタルノマドコミュニティが充実しており、機能的には優れている。しかしリスボンは、ヨーロッパの歴史的街並み、地中海の食文化、ゆったりとした時間感覚、芸術的刺激といった環境要因が豊富である。環境移住の視点からは、どちらが「優れている」かではなく、「自分の価値観とどちらが調和するか」が問われる。
ライフスタイル移住への適用
ライフスタイル移住研究は、生活の質や個人の願望を重視してきた。環境移住は、この視点をさらに拡張し、「生活の質」を構成する環境要因を明示的に分析する。気候や自然環境だけでなく、文化、人々の態度、街のリズム、歴史、価値観、食習慣、季節感、時間の流れ、地域コミュニティ、美意識、暗黙のルールといった社会文化的要因が、生活の質にどう影響するかを理論化する。
1-4. 環境移住が投げかける問い
環境移住という視点は、移住を検討する人々に対して、以下の根本的な問いを投げかける。
問い1:これは誰のための移住か
移住の意思決定において、誰の利益が優先されているか。子どもの教育機会だけが重視され、親の幸福や適応が見落とされていないか。家族全員のウェルビーイングが考慮されているか。
問い2:機能だけを見ていないか
教育制度、仕事環境、コスト、治安といった機能的条件だけを評価していないか。文化、人々の態度、街のリズム、美意識、時間の流れといった環境の「質的側面」を見落としていないか。
問い3:長期的視点で選んでいるか
短期的な利便性や効率性だけでなく、長期的な価値観形成や人生全体の質を考慮しているか。今の自分だけでなく、この環境で生活することで「どんな自分になるか」を考えているか。
問い4:環境が自分に何をもたらすかを考えているか
自分が環境を利用するだけでなく、環境が自分に何をもたらすかを考えているか。環境は受動的な背景ではなく、人格や価値観を形成する能動的な力を持つ。この環境は、自分をどのような人間にするか。
問い5:条件ではなく存在から選んでいるか
チェックリスト的に条件を評価するのではなく、この環境での「存在の仕方」を想像しているか。この街で、どんな時間を過ごし、どんな人と出会い、どんなリズムで生活し、どんな価値観を育むか。
これらの問いは、移住を「生活拠点の最適化」から「人の内面がどう形成されるか」の問題へと転換させる。環境移住は、機能的条件の評価を否定するものではなく、それを超えて、環境全体と人の相互作用という視点を追加するものである。
第2章 先行研究レビュー
本章では、環境移住という概念的視点の理論的基盤を構築するために、五つの研究領域をレビューする。第一に、ライフスタイル移住研究は、経済的動機を超えた移住の理解を提供し、本研究の出発点となる。第二に、教育移住と文化資本の研究は、環境が教育資源として機能することを示す。第三に、田園回帰研究は、価値観の転換と環境選択の関係を明らかにする。第四に、環境心理学は、環境が人の心理と価値観形成に与える影響を理論化する。第五に、ブルデューの文化資本論とハビトゥス概念は、環境と価値観の循環的相互作用を説明する理論的枠組みを提供する。
これらの先行研究を踏まえ、本研究は環境移住という新たな概念的視点を提唱する。環境移住は、これらの研究領域を統合し、移住を「環境と価値観の循環的相互作用」として捉え直す枠組みである。
2-1. ライフスタイル移住研究:経済的動機を超えた移住の理解
ライフスタイル移住(Lifestyle Migration)研究は、2000年代以降、移住研究の重要な潮流となっている。Benson & O’Reilly (2009)は、ライフスタイル移住を「比較的豊かな個人が、永続的または一時的に、生活の質が高いと期待される場所へ移動すること」と定義した。この定義の核心は、移住の動機が経済的必要性ではなく、「より良い生活」の追求にあるという点である。
日本におけるライフスタイル移住研究
日本では、綱川雄大(2023)がライフスタイル移住概念を体系的に整理し、日本の人口移動研究における位置づけを明確化した。綱川は、日本のライフスタイル移住を五つの類型に分類している。
- アメニティ移住:自然環境や景観といった地域の魅力に惹かれた移住
- 田園回帰:都市から農村への移住
- 創造階級の移住:文化的・創造的活動を求める移住
- リタイアメント移住:退職後の生活の質を求める移住
- 教育移住:子どもの教育環境を求める移住
この分類は、移住動機の多様性を示すとともに、「生活の質」という概念が多面的であることを明らかにしている。
鈴木修斗(2023)は、長野県軽井沢町とその周辺における現役世代のアメニティ移住を分析し、自然環境や景観といった「アメニティ」が移住先選択の重要な要因となることを実証した。松永桂子(2019)は、ローカル志向や田園回帰の背景に、経済至上主義への批判と、生活の質を重視する価値観の転換があることを指摘している。
ライフスタイル移住研究の貢献と限界
ライフスタイル移住研究の最大の貢献は、移住を経済的動機だけでは説明できないことを示し、生活の質、個人の願望、価値観の重要性を明らかにしたことである。移住は「より良い仕事」や「より高い収入」を求めるだけでなく、「より良い生活」や「自分らしい生き方」を求める行為として理解されるようになった。
しかし、ライフスタイル移住研究には二つの限界がある。
第一に、移住の「動機」に焦点が当てられ、移住後の環境が人々の価値観や生き方にどのような影響を与えるかについては、十分に理論化されていない。人々は「より良い生活」を求めて移住するが、移住後の環境との相互作用を通じて、「より良い生活」の定義そのものが変化する可能性がある。この動的プロセスは、まだ十分に探求されていない。
第二に、「生活の質」を構成する環境要因が、断片的にしか分析されていない。自然環境、気候、景観といった物理的条件は注目されるが、文化、人々の態度、街のリズム、歴史、価値観、食習慣、季節感、時間の流れ、地域コミュニティ、美意識、暗黙のルールといった社会文化的要因は、体系的に理論化されていない。
2-2. 教育移住と文化資本:環境を教育資源として捉える
教育移住(Educational Migration)研究は、子どもの教育機会を最大化するための移住戦略を分析してきた。Waters (2006)は、香港からカナダへの教育移住を分析し、親が子どもに国際的な文化資本を獲得させるために、教育環境の異なる国へ移住する戦略を明らかにした。
日本における教育移住研究
是川夕(2019)は、日本における元留学生の社会的統合を分析し、教育を通じた移住過程が、移民の社会意識に与える影響を明らかにした。この研究は、教育環境が単なる知識習得の場ではなく、価値観や社会意識を形成する場であることを示している。
文化資本としての環境
ブルデューの文化資本論(Bourdieu, 1984)は、教育移住を理解する重要な理論的枠組みを提供する。文化資本には三つの形態がある。
- 身体化された文化資本(embodied cultural capital):教養、趣味、話し方、身のこなしなど、身体に刻み込まれた文化的素養
- 客体化された文化資本(objectified cultural capital):書籍、芸術作品、楽器など、物質的形態をとる文化的財
- 制度化された文化資本(institutionalized cultural capital):学位、資格など、制度的に承認された文化的資格
教育移住研究は、主に制度化された文化資本(学位、資格、言語能力)に注目してきた。しかし、環境全体が身体化された文化資本の形成に影響を与えるという視点は、まだ十分に理論化されていない。
例えば、南フランスのエクサンプロヴァンスで生活する子どもは、単にフランス語を学ぶだけでなく、朝市での対面交流、挨拶の習慣、食事の時間感覚、美的感覚といった環境要因を通じて、身体化された文化資本を獲得する。この文化資本は、学校教育だけでは獲得できないものであり、日常生活の環境全体が教育資源として機能していることを示している。
教育移住研究の限界
教育移住研究の限界は、子どもの教育機会に焦点が当てられ、親の文化的適応や家族全体の幸福が見落とされがちなことである。子どもの教育条件が最適化されても、親が文化的に孤立し、家族全体のウェルビーイングが低下するケースが生じる。これは、部分最適化の罠と呼べる現象である。
また、教育移住研究は、教育制度や学校の質といった制度的要因に注目するが、日常生活の環境が教育に与える影響については、十分に分析されていない。教育は学校だけで起こるのではなく、街の文化、人々の態度、季節感、食習慣、時間の流れといった環境全体で起こる。
2-3. 田園回帰と価値観の転換:非経済的価値の重視
田園回帰研究は、日本における都市から農村への移住現象を分析し、価値観の転換を明らかにしてきた。藤山浩(2015)は『田園回帰1パーセント戦略』において、人口減少時代における地方創生の可能性を示し、都市から農村への移住が、単なる生活拠点の変更ではなく、価値観の転換を伴うものであることを指摘した。
西野寿章(2024)は、田園回帰現象の性格を分析し、移住者が経済的利益よりも、自然環境、人間関係の豊かさ、生活のゆとりといった非経済的価値を重視していることを明らかにした。一ノ瀬俊明(2023)は、田園回帰を持続可能性の観点から検討し、都市から農村への移住が、環境負荷の低減、地域コミュニティの再生、生活の質の向上といった多面的な価値をもたらす可能性を示した。
価値観の転換と環境選択
田園回帰研究が示す重要な知見は、移住が価値観の転換を伴うという点である。都市での生活を通じて形成された価値観(効率性、利便性、経済的成功)が、農村での生活を通じて再構築される(ゆとり、人間関係、自然との調和)。この価値観の転換は、環境の変化によってもたらされる。
しかし、田園回帰研究にも限界がある。価値観の転換が分析されるものの、価値観と環境選択の循環的相互作用は、まだ十分に理論化されていない。人々は価値観に基づいて環境を選ぶが、その環境での生活を通じて価値観が変化し、それが次の環境選択に影響を与える。この循環的プロセスを説明する理論的枠組みが必要である。
2-4. 環境心理学:環境と価値観の相互作用
環境心理学(Environmental Psychology)は、物理的・社会的環境が人間の心理、行動、価値観に与える影響を研究する学問領域である。この領域は、環境移住の理論的基盤を提供する重要な知見を蓄積してきた。
環境が価値観形成に与える影響
田口誠(2014)は、自然環境に関する価値観および一般的信念の形成を分析し、環境との接触が価値観形成に与える影響を明らかにした。人々は自然環境との直接的な接触を通じて、環境保全の価値、自然の美しさへの感受性、持続可能性への配慮といった価値観を形成する。
宮崎弦太ほか(2018)は、都市的環境と居住者の人生満足度の関係を分析し、都市生活環境が居住者の幸福感に与える影響を実証した。この研究は、環境の質が心理的ウェルビーイングに直接的に影響することを示している。
Place Attachment理論
環境心理学における重要な概念の一つが、Place Attachment(場所への愛着)である。Scannell & Gifford (2010)は、Place Attachmentを「人と場所の間の感情的絆」と定義し、この絆が人々のアイデンティティ、行動、価値観に影響を与えることを示した。
移住研究においても、Place Attachmentは重要な概念である。移住者が新しい環境に愛着を形成するプロセスは、単なる適応ではなく、価値観の再構築を伴う。例えば、南フランスのエクサンプロヴァンスに移住した家族が、街の朝市、挨拶の習慣、季節感に愛着を形成する過程で、消費行動、時間の使い方、人間関係の価値観が変化する。
環境心理学研究の限界
環境心理学は、環境が心理や価値観に与える影響を明らかにしてきたが、移住という文脈での応用は限定的である。環境評価や満足度を測定する研究は多いが、環境を基準とした移住行動や、移住後の環境と価値観の循環的相互作用を理論化する研究は、まだ十分ではない。
2-5. ブルデューの文化資本論とハビトゥス:環境と価値観の循環的相互作用
ピエール・ブルデュー(Pierre Bourdieu)の文化資本論とハビトゥス概念は、環境移住の理論的基盤を提供する最も重要な枠組みである。
ハビトゥス(Habitus)の概念
ハビトゥスとは、「社会的に構成された性向のシステム」であり、人々の知覚、思考、行動を方向づける無意識的な枠組みである(Bourdieu, 1990)。ハビトゥスは、個人が育った環境(家庭、地域、階級、文化)を通じて形成され、その人の価値観、趣味、行動様式を規定する。
重要なのは、ハビトゥスが固定的ではなく、環境との相互作用を通じて変容するという点である。Nowicka (2015)は、移住という文化的遭遇を通じて、ハビトゥスが変容し、再構築されるプロセスを分析した。移住者は新しい環境での生活を通じて、新たなハビトゥスを獲得し、それが次の行動や選択に影響を与える。
移住研究へのブルデュー理論の応用
Oliver & O’Reilly (2010)は、ブルデューの理論を移住研究に応用し、階級、資本、ハビトゥスの結びつきを通じて、個人化される移住プロジェクトを分析した。移住は、単なる地理的移動ではなく、文化資本とハビトゥスの再配置のプロセスである。
Radogna (2022)は、移住研究におけるハビトゥス概念を系統的にレビューし、transnational habitus(トランスナショナル・ハビトゥス)やmigration habitus(移住ハビトゥス)といった新たな概念を紹介した。これらの概念は、移住者が複数の文化的文脈を横断する中で、複合的なハビトゥスを形成することを示している。
Joy, Game, Toshniwal (2020)は、ブルデューの資本-場-ハビトゥス・フレームワークを移民キャリアに適用し、トランスナショナルな視点を追加した。この研究は、移住者が新しい環境で文化資本を獲得し、それがキャリアとアイデンティティに影響を与えるプロセスを明らかにした。
環境を文化資本の源泉として捉える
本研究の重要な理論的貢献は、環境を「文化資本の源泉」として捉えることである。従来の文化資本研究は、学校教育、家庭環境、階級といった要因に注目してきたが、移住先の環境全体が文化資本の源泉となるという視点は、まだ十分に理論化されていない。
例えば、南フランスのエクサンプロヴァンスに移住した家族は、以下のような環境要因を通じて文化資本を獲得する。
- 朝市での対面交流を通じて、人間関係の距離感、コミュニケーションの作法を学ぶ
- 昼休みの長さや日曜日の店舗閉鎖を通じて、時間の使い方、仕事と生活のバランスを学ぶ
- 地産地消の食文化を通じて、季節感、地域への愛着、持続可能性への配慮を学ぶ
- 街の美的環境(歴史的建築、街並み、色彩)を通じて、美意識、歴史への敬意を学ぶ
これらは学校教育では獲得できない身体化された文化資本であり、日常生活の環境全体が教育資源として機能していることを示している。
ハビトゥスの循環的再構築
本研究のもう一つの理論的貢献は、ハビトゥスの循環的再構築プロセスを明示することである。従来の研究は、ハビトゥスの形成や変容を分析してきたが、それを移住という文脈で循環的プロセスとして理論化する試みは限定的であった。
環境移住のモデルでは、以下の循環が起こる。
- 価値観(既存のハビトゥス)に基づいて環境を選択する
- 新しい環境での生活を通じて、新たな文化資本を獲得する
- 獲得した文化資本が、ハビトゥスを再構築する
- 再構築されたハビトゥスが、次の環境選択の基準となる
このモデルは、移住を一度きりの選択ではなく、継続的・循環的プロセスとして捉える。環境を選び、環境と相互作用し、価値観を変化させ、それに基づいて次の環境を選ぶという動的プロセスが、環境移住の核心である。
2-6. 本研究の位置づけ:先行研究を統合する新たな視点
以上の先行研究レビューを踏まえ、本研究の位置づけを明確化する。
先行研究の貢献
ライフスタイル移住研究は、移住の動機が経済的必要性だけでなく、生活の質や個人の願望にあることを示した。教育移住研究は、環境が教育資源として機能することを明らかにした。田園回帰研究は、移住が価値観の転換を伴うことを示した。環境心理学は、環境が心理や価値観形成に影響を与えることを理論化した。ブルデューの文化資本論とハビトゥス概念は、環境と価値観の循環的相互作用を説明する理論的枠組みを提供した。
理論化の不足
しかし、これらの先行研究には共通の限界がある。移住の動機や選択プロセスに焦点が当てられ、移住後の環境と価値観の動的・長期的・循環的プロセスは、まだ十分に理論化されていない。
本研究の追加焦点
本研究は、環境移住という概念的視点を提唱することで、以下の三つの焦点を追加する。
第一に、環境選択から環境との相互作用、価値観の変化、次の環境選択へと続く循環モデルの構築である。従来の研究が移住前の動機や移住直後の適応に焦点を当てていたのに対し、本研究は移住後の長期的な価値観変化と環境の相互作用を理論化する。
第二に、ハビトゥスの循環的再構築プロセスの明示である。ブルデューのハビトゥス概念を移住研究に応用し、環境選択がハビトゥスを再構築し、再構築されたハビトゥスが次の環境選択に影響を与えるという循環的プロセスを説明する。
第三に、包括的環境概念の導入である。従来の研究が物理的環境(気候、治安、インフラ)や制度的要因(教育制度、経済機会)に注目していたのに対し、本研究は文化、人々の態度、街のリズム、歴史、価値観、食習慣、季節感、時間の流れ、地域コミュニティ、美意識、暗黙のルールといった社会文化的要因を含む包括的環境概念を導入する。
環境移住(Environment-Oriented Migration)の提唱
これらの先行研究を踏まえ、本研究は第1章で定義した「環境移住」という新たな概念的視点を提唱する。
第3章 理論的枠組み
本章では、環境移住の理論的基盤を構築する。第1節では、ブルデューの文化資本論を環境移住に応用し、環境を文化資本の源泉として捉える視点を提示する。第2節では、ハビトゥス概念を用いて、環境と価値観の循環的相互作用を説明する。第3節では、環境心理学のPlace Attachment理論を援用し、環境への愛着が価値観形成に与える影響を理論化する。第4節では、これらの理論を統合し、環境移住の理論的枠組みを提示する。
3-1. 環境を文化資本の源泉として捉える
ブルデュー(Bourdieu, 1984)は、文化資本を三つの形態に分類した。身体化された文化資本(教養、趣味、話し方、身のこなし)、客体化された文化資本(書籍、芸術作品、楽器)、制度化された文化資本(学位、資格)である。
従来の文化資本研究は、家庭環境、学校教育、階級といった要因に注目してきた。しかし本研究は、移住先の環境全体が文化資本の源泉となるという新たな視点を提示する。
環境が提供する文化資本
移住先の環境は、以下のような文化資本を提供する。
言語と言語感覚
日常生活で使用される言語、方言、言い回し、話すリズムは、身体化された文化資本である。例えば、南フランスで生活する子どもは、学校でフランス語を学ぶだけでなく、朝市での会話、近隣との挨拶、レストランでの注文を通じて、フランス語の実践的感覚を身につける。これは教科書では獲得できない身体化された言語資本である。
時間感覚と生活リズム
街の時間感覚(昼休みの長さ、店舗の営業時間、日曜日の過ごし方)は、居住者の時間の使い方、仕事と生活のバランス、効率性への態度に影響を与える。例えば、南フランスでは昼休みが2時間あり、日曜日は多くの店舗が閉まる。この環境で生活することで、「時間は効率的に使うべきもの」という価値観から、「時間はゆとりを持って過ごすべきもの」という価値観への転換が起こる。
人間関係の距離感と社交性
挨拶の習慣、会話の頻度、公共空間での振る舞いは、人間関係の距離感を形成する。例えば、エクサンプロヴァンスでは、パン屋に入るときに「Bonjour」と挨拶し、出るときに「Au revoir」と言う習慣がある。この習慣を通じて、社交性、礼儀、コミュニティへの配慮といった価値観が形成される。
美意識と環境への感受性
街並み、建築様式、色彩、季節感は、美的感覚を形成する。例えば、プロヴァンス地方の歴史的建築、オークルの壁、石畳の道、マルシェの色彩は、視覚的美しさへの感受性、歴史への敬意、地域への愛着を育む。
食文化と季節感
地産地消の習慣、旬の食材への配慮、食事の時間の長さは、食に対する価値観を形成する。例えば、朝市で地元の野菜や果物を買い、季節ごとに異なる食材を楽しむ習慣は、持続可能性への配慮、地域経済への貢献、自然との調和といった価値観を育む。
暗黙のルールと社会規範
明文化されていない社会規範(公共空間での振る舞い、列の並び方、声の大きさ)は、社会性と他者への配慮を形成する。例えば、図書館やカフェでの声の大きさ、公共交通機関での携帯電話の使い方といった暗黙のルールは、環境での生活を通じて身につけられる。
環境が文化資本を生成するメカニズム
環境が文化資本を生成するメカニズムは、以下の三つのプロセスで説明できる。
第一に、日常的な反復である。
環境要因は、毎日繰り返し経験される。朝市に行く、挨拶をする、昼休みを長く取る、日曜日に休むといった行動は、日常的に反復されることで、意識的な努力なしに習慣化され、やがて価値観として内面化される。
第二に、社会的承認である。
環境要因は、その地域の社会規範として機能する。挨拶をすることが「当たり前」とされ、昼休みを長く取ることが「普通」とされる環境では、これらの行動が社会的に承認される。この社会的承認が、価値観の内面化を促進する。
第三に、身体的経験である。
環境要因は、身体を通じて経験される。徒歩で移動する、朝市で野菜に触れる、歴史的建築を見る、季節の変化を感じるといった身体的経験が、知識としてではなく感覚として価値観を形成する。
注: 古典的なブルデュー理論では、ハビトゥスは主に幼少期の家庭環境や初期社会化の過程で形成されるとされている。しかし本研究では、成人後の環境移住が新たな文化資本を獲得する契機となり、それを通じてハビトゥスが再構築されるという拡張的解釈を採用している。この視点は、Nowicka (2015) やGutekunst (2020) など、移住・モビリティ研究におけるハビトゥスの動的性質を強調する近年の研究に依拠している。
3-2. ハビトゥスと環境の循環的相互作用
ブルデュー(Bourdieu, 1990)のハビトゥス概念は、環境と価値観の循環的相互作用を説明する理論的枠組みを提供する。
ハビトゥスの定義
ハビトゥスとは、「社会的に構成された性向のシステム」であり、人々の知覚、思考、行動を方向づける無意識的な枠組みである。ハビトゥスは、個人が育った環境(家庭、地域、階級、文化)を通じて形成され、その人の価値観、趣味、行動様式を規定する。
重要なのは、ハビトゥスが固定的ではなく、環境との相互作用を通じて変容するという点である。Nowicka (2015)が示すように、移住という文化的遭遇を通じて、ハビトゥスは変容し、再構築される。
環境移住におけるハビトゥスの循環
環境移住では、以下の循環的プロセスが起こる。
第1段階:既存のハビトゥスに基づく環境選択
移住者は、既存のハビトゥス(価値観、趣味、生活様式)に基づいて、移住先の環境を選択する。例えば、「ゆとりある生活」を重視する価値観を持つ家族は、時間感覚がゆったりとした南フランスを選ぶ。「国際的な文化資本」を重視する家族は、多文化的な都市を選ぶ。この段階では、既存のハビトゥスが環境選択の基準として機能する。
第2段階:新しい環境での日常的実践
移住先の環境で生活を始めると、その環境の日常的実践に参加する。朝市に行く、挨拶をする、昼休みを長く取る、地元の食材を買う、季節の行事に参加するといった日常的実践が、身体的経験として蓄積される。
第3段階:新たな文化資本の獲得
日常的実践を通じて、新たな文化資本を獲得する。言語感覚、時間感覚、人間関係の距離感、美意識、食への価値観、社会規範といった身体化された文化資本が、環境との相互作用を通じて形成される。
第4段階:ハビトゥスの再構築
獲得した文化資本が、ハビトゥスを再構築する。例えば、南フランスで生活することで、「効率性」よりも「ゆとり」を重視するハビトゥス、「個人の自立」よりも「コミュニティへの配慮」を重視するハビトゥス、「利便性」よりも「季節感」を重視するハビトゥスが形成される。
第5段階:再構築されたハビトゥスに基づく次の環境選択
再構築されたハビトゥスが、次の環境選択の基準となる。南フランスでの生活を通じて「ゆとり」や「季節感」を重視するようになった家族は、次の移住先を選ぶ際に、これらの価値観を基準とする。あるいは、南フランスでの生活を継続する選択をする。
この循環は、一度きりではなく、継続的に繰り返される。環境を選び、環境と相互作用し、価値観を変化させ、それに基づいて次の環境を選ぶという動的プロセスが、環境移住の核心である。
ハビトゥスの可塑性と限界
ハビトゥスは変容可能であるが、完全に書き換えられるわけではない。既存のハビトゥスは、新しい環境での経験を解釈する「フィルター」として機能する。例えば、東京で育った家族が南フランスに移住した場合、最初は「昼休みが長すぎる」「日曜日に店が閉まっていて不便」と感じるかもしれない。しかし、時間をかけて環境と相互作用することで、「昼休みは家族と過ごす大切な時間」「日曜日は休息の日」という新たな解釈が形成される。
この変容のプロセスは、個人差がある。既存のハビトゥスが柔軟であるほど、新しい環境での適応は容易である。逆に、既存のハビトゥスが固定的であるほど、適応には時間がかかり、場合によっては文化的葛藤が生じる。
なお、古典的なブルデュー理論では、ハビトゥスは幼少期に形成され、成人後の変容は極めて限定的とされる(Bourdieu, 1984)。しかし本研究では、成人後であっても居住環境の劇的な変化(異文化圏への移住等)がハビトゥスに動的な影響を与える可能性に着目し、より可塑的な解釈を採用する。これは本研究の独自の理論的拡張であり、環境移住という現象を説明するための分析枠組みとして位置づけられる。
3-3. Place Attachmentと価値観の定着
環境心理学のPlace Attachment(場所への愛着)理論は、環境と価値観の関係を理解する重要な概念である。
Place Attachmentの定義
Scannell & Gifford (2010)は、Place Attachmentを「人と場所の間の感情的絆」と定義した。この絆は、三つの次元で構成される。
- 人(Person)の次元: 個人的愛着(個人の記憶や経験)と集団的愛着(コミュニティや文化への帰属)
- 心理的プロセス(Process)の次元: 認知(場所への知識)、感情(場所への好感)、行動(場所での活動)
- 対象(Object)の次元: 物理的環境(建築、景観)と社会的環境(人々、コミュニティ)
環境移住におけるPlace Attachmentの形成
移住者が新しい環境にPlace Attachmentを形成するプロセスは、価値観の定着プロセスでもある。
第1段階:認知的愛着の形成
移住初期には、環境への知識が蓄積される。街の地理、店舗の場所、交通手段、行事の日程といった実用的知識が、日常生活を通じて獲得される。この段階では、環境は「機能的な場所」として認識される。
第2段階:感情的愛着の形成
環境での経験が蓄積されると、感情的愛着が形成される。朝市で顔なじみができる、近隣と挨拶を交わす、季節の行事に参加する、美しい街並みを歩くといった経験が、環境への好感と愛着を生む。この段階では、環境は「好きな場所」として認識される。
第3段階:アイデンティティとしての愛着
感情的愛着が深まると、環境はアイデンティティの一部となる。「私はエクサンプロヴァンスに住んでいる」という事実が、「私はプロヴァンスの生活様式を大切にする人間である」というアイデンティティに変化する。この段階では、環境は「自分の一部」として認識される。
Place Attachmentと価値観の定着
Place Attachmentが形成されると、環境で獲得した価値観が定着する。例えば、南フランスでの生活を通じて「ゆとり」や「季節感」を大切にするようになった家族が、エクサンプロヴァンスに愛着を形成すると、これらの価値観は単なる行動パターンではなく、アイデンティティの核となる。
逆に、Place Attachmentが形成されない場合、価値観の定着も起こりにくい。例えば、仕事の都合で短期的に移住した場合、環境との深い相互作用が起こらず、価値観の変化も限定的である。
Place Attachmentの二面性
Place Attachmentには二面性がある。一方で、愛着は幸福感と安定感をもたらす。他方で、愛着が強すぎると、次の移住や変化への抵抗となる可能性がある。環境移住の循環モデルでは、Place Attachmentと移動性のバランスが重要である。
3-4. 環境移住の統合的理論枠組み
以上の理論を統合し、環境移住の理論的枠組みを提示する。

環境移住の核心概念
環境移住の理論的枠組みは、以下の五つの核心概念で構成される。
1. 環境は文化資本の源泉である
移住先の環境(文化、人々の態度、街のリズム、歴史、価値観、食習慣、季節感、時間の流れ、地域コミュニティ、美意識、暗黙のルール)は、身体化された文化資本を生成する。
2. ハビトゥスは環境との相互作用を通じて再構築される
移住者は既存のハビトゥスに基づいて環境を選択し、環境との相互作用を通じて新たな文化資本を獲得し、ハビトゥスを再構築する。
3. 環境と価値観の関係は循環的である
価値観に基づいて環境を選択し、環境との相互作用を通じて価値観が変化し、変化した価値観に基づいて次の環境を選択する。この循環は継続的に繰り返される。
4. Place Attachmentは価値観を定着させる
環境への愛着が形成されると、環境で獲得した価値観がアイデンティティの一部となり、定着する。
5. 環境選択は主体的かつ長期的視点で行われる
環境移住は、短期的な利便性ではなく、長期的な価値観形成を基準とした主体的な環境選択である。
環境移住の理論的意義
この理論的枠組みの意義は、以下の三点にまとめられる。
第一に、移住研究における時間軸の拡張である。
従来の研究が移住前の動機や移住直後の適応に焦点を当てていたのに対し、本枠組みは移住後の長期的な価値観変化と環境の相互作用を理論化する。
第二に、環境と価値観の循環モデルの構築である。
従来の研究が環境と価値観の一方向的関係を分析していたのに対し、本枠組みは循環的・動的プロセスとして理論化する。
第三に、包括的環境概念の理論化である。
従来の研究が物理的環境や制度的要因に注目していたのに対し、本枠組みは社会文化的要因を含む包括的環境概念を理論的に位置づける。
この理論的枠組みを基盤として、次章では環境移住の具体的なモデル構造を提示する。
第4章 モデル構造
4-1. 環境と価値観の循環モデル
本研究の中核をなすのは、環境と価値観の循環モデルである。このモデルは、移住を一回限りのイベントではなく、継続的な循環プロセスとして捉える点に特徴がある。以下、5段階のプロセスを詳細に説明する。

第1段階: 価値観に基づく環境選択 (Value-Based Selection)
移住のプロセスは、現在の価値観を出発点として始まる。人は無意識のうちに、自分のハビトゥス(無意識の傾向性)に合致する環境を探索する傾向がある。例えば、「ゆとりある生活」を重視する人は南フランスやスペインの地中海沿岸を、「国際的な文化資本」を重視する人はロンドンやニューヨークなどの多文化都市を、「自然との共生」を重視する人は田園地域や山間部を選択する傾向がある。
しかし、この段階での環境選択には重要な限界がある。第一に、情報の不完全性である。短期の滞在や観光では、環境の表層的な側面しか把握できない。第二に、期待と現実のギャップである。理想化された移住先のイメージと、実際に生活する際の現実との間には、しばしば大きなギャップが存在する。第三に、ハビトゥスの制約である。人は自分の既存のハビトゥスに合致する環境を「自然」で「心地よい」と感じる傾向があるため、真に新しい経験をもたらす環境を選択することは困難である。
それでも、この段階での環境選択は、その後のプロセス全体の方向性を決定する重要な意思決定である。
第2段階: 環境との日常的相互作用 (Daily Interaction with Environment)
移住後、人々は新しい環境との日常的な相互作用を通じて、環境が持つ教育的機能を経験する。この段階では、環境そのものが「教師」として機能し、居住者に新しい実践や価値観を教え込む。
日常的相互作用は、三つの主要な形態をとる。第一に、日常実践への参加である。朝市での買い物、地域の行事への参加、カフェでの会話、公園での散歩といった日常的な活動を通じて、人々は現地の文化や価値観を身体的に経験する。例えば、南フランスの朝市に通うことで、生産者と直接会話し、季節の食材を選び、ゆっくりと時間をかけて買い物をする習慣が身につく。
第二に、身体的経験である。気候、光、音、におい、リズムといった物理的環境の要素が、身体を通じて価値観形成に影響を与える。地中海性気候の温暖さと豊かな日照は、屋外での活動を促し、自然との近接性を高める。街のリズム—朝の静けさ、昼の活気、午後の休息、夕方の再活性化—は、時間に対する感覚を変容させる。
第三に、社会的規範の学習である。挨拶の仕方、会話の距離感、時間の守り方、食事のマナーといった暗黙のルールを、失敗と成功を繰り返しながら学習していく。これらの規範は明示的に教えられるのではなく、日常的な相互作用の中で暗黙のうちに伝達される。
第3段階: 新たな文化資本の獲得 (Acquisition of New Cultural Capital)
環境との日常的相互作用を通じて、人々は新たな「身体化された文化資本」を獲得していく。ブルデューの用語を用いれば、これは「身体に刻み込まれた、長期にわたる内面化のプロセスの産物」である。
獲得される文化資本には、以下のようなものが含まれる。まず、言語感覚である。単なる語彙や文法の知識ではなく、どのような状況でどのような言葉を使うべきかという感覚、ユーモアのスタイル、敬語の使い方といった微妙なニュアンスを含む。次に、時間感覚である。「ゆっくり」と「急いで」の境界線、「遅刻」の定義、食事にかける時間、会話を中断せずに続けることの重要性といった、時間に対する暗黙の理解が含まれる。
さらに、人間関係の距離感も重要な文化資本である。どの程度の親密さで接するべきか、個人的な質問をしてよいかどうか、友人と知人の境界線はどこにあるかといった感覚が、日常的な相互作用を通じて身につく。美意識も見過ごせない要素である。何が「美しい」と感じられるか、服装や家の装飾にどの程度の注意を払うべきか、公共空間の美しさをどう維持するかといった感覚が形成される。
食文化も重要な文化資本である。食材の選び方、料理の仕方、食事の時間、食卓での会話の重要性、地産地消の価値といった、食に関する包括的な理解が獲得される。最後に、暗黙のルールである。明文化されていないが「当然」とされる行動様式、マナー、礼儀、社会的期待といったものが、身体化されていく。
これらの文化資本は、意識的な学習によってではなく、日常的な実践への参加を通じて、無意識のうちに獲得される点が重要である。
第4段階: ハビトゥスの再構築 (Reconstruction of Habitus)
新たな文化資本の獲得は、既存のハビトゥスを徐々に変容させる。ハビトゥスは「持続的で移調可能な心的諸傾向のシステム」であり、一度形成されると変わりにくいとされるが、長期にわたる新しい環境での生活は、ハビトゥスの再構築をもたらす。
この再構築のプロセスは、しばしば内的な葛藤を伴う。以前の価値観(例えば「効率性」「時間厳守」「生産性」)と、新しい環境で獲得されつつある価値観(例えば「ゆとり」「関係性」「生活の質」)との間で、心理的な緊張が生じる。例えば、「2時間かけてランチをする」ことが、最初は「時間の無駄」と感じられるが、徐々に「豊かな時間の使い方」として受け入れられるようになる。
ハビトゥスの再構築は、行動の変化として現れる。最初は意識的な努力を要した行動(例えば、ゆっくり食事をする、立ち話を楽しむ、季節の食材を選ぶ)が、徐々に無意識の習慣となっていく。「急がなくていい」「関係性を大切にする」「季節感を味わう」といった価値観が、新しい「当たり前」として内面化される。
アイデンティティの変化も重要な側面である。「日本人」としてのアイデンティティから、「プロヴァンスに住む人」としてのアイデンティティへの移行、あるいは両者を統合した複合的なアイデンティティの形成が進む。これは単なる自己認識の変化ではなく、世界の見方、価値判断の基準、行動様式の総体的な変容を意味する。
第5段階: 再構築されたハビトゥスに基づく次の環境選択 (Next Environment Selection Based on Reconstructed Habitus)
ハビトゥスが再構築されると、人々は再び環境選択の局面を迎える。しかし、この選択は第1段階の選択とは根本的に異なる。なぜなら、選択の基準となる価値観そのものが変容しているからである。
この段階では、三つのパターンが考えられる。パターンA(継続)は、現在の環境が再構築されたハビトゥスと調和しており、そこに留まることを選択するパターンである。Place Attachment(場所への愛着)が形成され、「ここが自分の場所」という感覚が生まれる。定住への意思が固まり、地域コミュニティへの貢献や、さらに深い関係性の構築へと進む。
パターンB(移動)は、再構築されたハビトゥスに基づき、さらに別の環境を選択するパターンである。例えば、南フランスでの生活を通じて「地中海文化」への親和性を獲得した人が、イタリアやギリシャへの移住を考える場合や、「ゆったりとした時間」を重視するようになった人が、さらに田舎の地域への移住を考える場合などである。
パターンC(不一致)は、環境と再構築されつつあるハビトゥスとの間に不一致を感じ、調整または移動を検討するパターンである。期待していた価値観の変容が起こらなかった場合、あるいは予期しない方向への変容が起こった場合に、このパターンが現れる。
重要なのは、この循環が終わることなく継続するという点である。移住は一度限りのイベントではなく、生涯にわたる環境と価値観の相互作用のプロセスなのである。
4-2. 環境要因の構造(三層モデル)
環境移住において「環境」をどう捉えるかは、理論的にも実践的にも重要な問題である。本研究では、環境を三つのレイヤー(層)から構成される複合的な概念として理解する。

レイヤー1: 物理的環境 (Physical Environment)
最も表層的で、最も可視的なレイヤーが物理的環境である。これには以下の要素が含まれる。
自然環境: 気候(温暖/寒冷、乾燥/湿潤、四季の明確さ)、地形(平地/山地/海沿い)、植生(森林/草原/砂漠)、自然災害のリスク(地震、台風、洪水)などが含まれる。自然環境は、屋外活動の頻度、自然との近接性、季節感の強さなどに影響を与える。
都市環境: 建築様式(現代的/歴史的)、街並みの美しさ、公共空間の質(広場、公園、歩道)、都市の規模と密度、交通システムなどが含まれる。都市環境は、日常的な移動の仕方、公共空間での過ごし方、美意識の形成などに影響を与える。
インフラ: 医療施設の充実度、教育機関の質と多様性、公共交通の利便性、商業施設の充実度、インターネット接続の質などが含まれる。インフラは、生活の利便性と安心感に直接影響する。
治安・安全: 犯罪率、夜間の安全性、子育て環境としての適切さ、緊急時の対応体制などが含まれる。治安・安全は、心理的な安心感と行動の自由度に影響する。
レイヤー2: 社会文化的環境 (Socio-Cultural Environment)
物理的環境の背後には、より深層的な社会文化的環境が存在する。これは物理的に可視的ではないが、日常生活の中で強く感じられる要素である。
時間感覚: 「ゆっくり」と「急いで」の境界線、時間厳守の程度、食事にかける時間、会話を急がせない文化などが含まれる。南フランスの「ゆったりとした時間」と東京の「効率的な時間」では、時間に対する根本的な捉え方が異なる。
人間関係の距離感: 親密さと独立のバランス、挨拶の仕方、プライバシーの境界線、友人と知人の区別、家族の結びつきの強さなどが含まれる。地中海文化の「温かく親密」な関係性と、北欧文化の「独立と尊重」の関係性では、対人距離の取り方が大きく異なる。
言語環境: 使用される言語、多言語性の程度、方言の存在、コミュニケーションスタイル(直接的/間接的)、敬語の使い方などが含まれる。言語は単なるコミュニケーション手段ではなく、思考様式と価値観を形成する重要な要素である。
食文化: 食事の社会的重要性、地産地消の程度、季節の食材への注目、食事にかける時間、食卓での会話の重要性などが含まれる。フランスの「食事は社交と楽しみ」という文化と、アメリカの「食事は燃料補給」という文化では、食に対する根本的な態度が異なる。
美意識と環境感受性: 芸術への関心、デザインの重要性、街並みの美しさへの配慮、自然の美への感受性、公共空間の美化への意識などが含まれる。イタリアの「美は生活の一部」という意識と、実用性を優先する文化では、日常生活の質が大きく異なる。
暗黙のルール: 明文化されていないが「当然」とされるマナー、礼儀、社会的期待、行動様式などが含まれる。これらは外部者には見えにくいが、現地で生活する上で最も重要な要素の一つである。
レイヤー3: 価値観と世界観 (Values and Worldviews)
最も深層的で、最も根本的なレイヤーが価値観と世界観である。これは社会文化的環境の背後にある、集合的な価値判断の基準である。
時間観: 過去・現在・未来のどれを最も重視するか。伝統を重視する文化、現在の瞬間を大切にする文化、未来への投資を重視する文化では、時間に対する根本的な捉え方が異なる。
仕事と生活のバランス: 仕事を人生の中心と見るか、生活の質を優先するか。ワーク・ライフ・バランスの捉え方は、国や地域によって大きく異なる。
個人 vs 集団: 個人の自由と自己実現を重視するか、集団の調和と共同体への貢献を重視するか。個人主義と集団主義は、意思決定の仕方、責任の取り方、幸福の定義に影響する。
自然との関係: 自然を征服・管理する対象と見るか、共生・調和する対象と見るか。自然観は、環境への態度、持続可能性への関心、屋外活動の頻度に影響する。
変化への態度: 伝統と安定を重視するか、革新と変化を重視するか。変化に対する態度は、新しいアイデアの受容度、リスクへの態度、起業家精神の程度に影響する。
豊かさの定義: 物質的な豊かさ(収入、所有物)を重視するか、精神的・関係的な豊かさ(時間、関係性、経験)を重視するか。豊かさの定義は、人生の優先順位と意思決定に根本的な影響を与える。
三層の相互関係
これら三つのレイヤーは独立して存在するのではなく、相互に影響し合っている。物理的環境が社会文化的環境を規定する側面がある。例えば、地中海性気候の温暖さと豊かな日照は、屋外での活動を促し、公共空間での社交を活発にし、ゆったりとした時間感覚を育む。一方、厳しい冬のある地域では、屋内での活動が中心となり、家族や親しい友人との密な関係性が重視される傾向がある。
社会文化的環境は価値観と世界観を反映し、同時にそれを形成する。朝市文化は地産地消の価値観を反映すると同時に、それを次世代に伝達する機能を持つ。ゆったりとした食事の時間は、関係性と対話を重視する価値観を体現している。
逆に、価値観と世界観は、物理的環境の在り方にも影響を与える。美意識を重視する文化では、街並みの保全や公共空間の美化が重視される。持続可能性を重視する文化では、自然環境の保護や地産地消が推進される。
環境移住の視点は、これら三つのレイヤーを統合的に捉え、それぞれが価値観形成にどのように影響するかを理解することを求める。
4-3. 時間軸に沿った価値観変容のプロセス
環境と価値観の循環モデルは、時間軸に沿って段階的に進行する。以下、各段階を詳細に説明する。
なお、本モデルで示す期間は、阪口家と藤澤夫妻の実際の移住経験に基づいている。従来の移住研究では、価値観変容には数年単位の時間が必要とされてきたが、意識的な環境選択を行った環境移住においては、適応と価値観変容がより迅速に進行することが両事例から確認された。特に、環境との適合性が高い場合、半年から1年で大きな変化が完了する。

第1段階: 初期適応期 (Initial Adaptation Period: 0-2ヶ月)
移住直後の時期は、表層的な理解と実用的な適応が中心となる。この段階では、観光客的な視点から徐々に生活者の視点への移行が始まる。
主な活動と経験: 住居の確保、銀行口座の開設、携帯電話の契約といった実務的な手続きを行う。スーパーマーケット、朝市、医療機関、郵便局などの日常生活に必要な場所を把握する。基本的な挨拶(おはよう、こんにちは、ありがとう)とマナー(店での振る舞い、公共交通でのマナー)を学ぶ。語学学校に通い始め、実用的な日常会話を習得する。近所の人に挨拶し、顔見知りを作り始める。
心理的状態: カルチャーショックと興奮が共存する。新しい環境の美しさや魅力に魅了される一方で、言語の壁、文化の違い、孤立感に戸惑う。店の営業時間の短さ、役所の手続きの複雑さ、効率の低さに苛立ちを感じることもある。
この段階の重要性: 完璧を求めず、少しずつ適応していくことが重要である。日記をつけて経験を記録することで、後から振り返る際の貴重な資料となる。
第2段階: 文化的理解期 (Cultural Understanding Period: 2-4ヶ月)
表層的な適応を超えて、文化の深層的な理解が始まる段階である。「なぜそうなのか」という問いが重要になる。
主な活動と経験: 地域のイベントや行事(フェスティバル、マルシェ、地域の祭り)に参加し、文化的背景を理解する。現地の友人を作る(言語交換、趣味のグループ、スポーツクラブ)。歴史や文化的背景を学ぶ(本を読む、博物館を訪れる、ガイドツアーに参加する)。「なぜゆっくりなのか」「なぜ朝市が重要なのか」「なぜ長いランチが当たり前なのか」といった問いを探求する。家族で文化的な対話をする(「今日の経験で面白かったこと」「驚いたこと」「違和感を感じたこと」を共有する)。
心理的状態: 自分の価値観と現地の価値観との違いを明確に自覚する。「効率重視」と「ゆとり重視」、「時間厳守」と「柔軟な時間」、「個人主義」と「関係性重視」といった対比が浮かび上がる。違いを単なる「良い/悪い」ではなく、「異なる価値観の表現」として理解しようとする。
この段階の重要性: 違いを批判せず、理解しようとする姿勢が重要である。葛藤は成長の証であり、避けるべきものではない。
第3段階: 価値観変容期 (Value Transformation Period: 4-6ヶ月)
最も激しい内的変容が起こる段階である。行動パターンの変化が、徐々に価値観の内面化へと進む。
主な変化: 無意識の行動パターンの変化に気づく。「ゆっくり食事をする」「立ち話を楽しむ」「季節の食材を選ぶ」「急がない」といった行動が、最初は意識的な努力を要したが、徐々に自然になっていく。新しい価値観が「当たり前」として内面化される。「急がなくていい」「関係性を大切にする」「季節感を味わう」といった価値観が、新しい「常識」として受け入れられる。以前の価値観と新しい価値観の統合を試みる。「効率」と「ゆとり」、「生産性」と「生活の質」のバランスを見出そうとする。
心理的状態: アイデンティティの揺らぎを経験する。「自分は誰なのか」「日本人なのか、フランスに住む人なのか」「以前の自分と今の自分は同じなのか」といった問いが浮かぶ。葛藤を経験する。家族や友人から「変わった」と言われ、戸惑う。日本に一時帰国した際に、逆カルチャーショックを経験する。
この段階の重要性: アイデンティティの揺らぎは自然なプロセスであり、恐れるべきものではない。葛藤を受容し、統合を目指すことが重要である。時間をかけてゆっくりと変容していくことを許容する。
第4段階: 価値観定着期 (Value Stabilization Period: 6ヶ月-1年)
新しい価値観が安定し、ハビトゥスとして定着する段階である。
主な変化: 新しい傾向が無意識のレベルで定着する。意識的な努力なしに、新しい行動様式が「自然」になる。複合的アイデンティティが形成される。「日本人」と「プロヴァンスに住む人」という二つのアイデンティティを統合し、「日本出身でプロヴァンスに住む自分」という複合的なアイデンティティを受け入れる。Place Attachment(場所への愛着)が形成される。特定の場所(朝市、カフェ、公園、街角)に愛着を感じる。「ここが自分の場所」という感覚が生まれる。地域コミュニティの一員としての自覚が芽生える。
心理的状態: 心理的安定を取り戻す。アイデンティティの葛藤が解消され、新しい自己像を受け入れる。帰属感が生まれる。単なる「移住者」ではなく、「コミュニティの一員」としての自覚が生まれる。
この段階の重要性: Place Attachmentを大切にし、深める。地域コミュニティへの貢献を考え始める(ボランティア、イベントの企画、他の移住者の支援)。
第5段階: 統合期 (Integration Period: 1年以降)
価値観が完全に定着し、次の環境選択を考え始める段階である。
主な特徴: 複合的アイデンティティが確立される。出身地と移住先の両方のアイデンティティを統合し、それを自然に切り替えられるようになる。次の環境選択の準備が始まる。現在の環境に留まるか(パターンA: 継続)、別の環境に移動するか(パターンB: 移動)、調整が必要か(パターンC: 不一致)を考え始める。再構築された価値観に基づく選択となる。選択の基準そのものが変容しているため、移住前とは全く異なる視点から環境を評価する。
心理的状態: 自己受容と統合。複合的なアイデンティティを受け入れ、それを強みとして捉える。循環の認識。環境と価値観の相互作用が継続的なプロセスであることを理解する。
この段階の重要性: 循環は終わらないことを認識する。移住は一度限りのイベントではなく、生涯にわたるプロセスである。自分の変容を振り返り、記録する。他の移住者への支援や、移住経験の共有を考える。
4-4. 環境移住と既存移住形態の関係
環境移住は、既存の移住形態を否定したり置き換えたりするものではない。むしろ、既存の移住形態を分析・評価するためのメタ的な視点(分析視角)として機能する。以下、主要な移住形態に対して、環境移住の視点がどのように適用されるかを説明する。

教育移住への適用
従来の教育移住研究は、学校の評判、カリキュラムの質、使用言語、進学実績といった制度的要因に焦点を当ててきた。環境移住の視点は、これらを否定せず、以下の要素を追加する。
環境全体を教育資源として評価する: 学校だけでなく、街並み、朝市、地域コミュニティ、季節のリズム、芸術文化なども教育資源として捉える。子どもは学校だけでなく、日常生活のあらゆる場面で学んでいる。
母親の幸福と適応を重視する: 教育移住では母親が孤立しがちである。母親自身が新たな文化資本を獲得し、地域コミュニティに参加し、幸福を感じられる環境かどうかを評価する。
長期的な価値観形成を考慮する: 学業成績や語学力だけでなく、どのような価値観を持つ人間に成長するかを視野に入れる。
ノマド移住への適用
デジタルノマド移住は、WiFiの質、生活費、コワーキングスペースといった機能的条件を重視する。環境移住の視点は、これらに加えて以下を考慮する。
環境の質を機能性を超えて評価する: WiFiとコストだけでなく、文化・価値観・コミュニティの質を評価する。
短期滞在から長期的価値観形成への視点転換: 数週間〜数ヶ月の滞在ではなく、1-2年単位での滞在を視野に入れ、環境との深い相互作用を経験する。
地域コミュニティへの参加: ノマドコミュニティだけでなく、現地のコミュニティとの関係構築を重視する。
ライフスタイル移住への適用
ライフスタイル移住は「生活の質(QoL)」を重視するが、その定義が曖昧である。環境移住の視点は、以下の形で深化をもたらす。
QoL要因を三層で明確化する: 物理的環境、社会文化的環境、価値観と世界観の三層で「生活の質」を具体化し、評価可能にする。
環境と価値観の循環モデルを適用する: 静的な「質」ではなく、動的な循環プロセスとして捉える。
理論的基盤を統合する: ブルデューの文化資本論とPlace Attachment理論を統合し、「なぜ特定の環境が質が高いと感じられるのか」を理論的に説明する。
田園回帰への適用
田園回帰研究は、都市的価値観から農村的価値観への転換を扱うが、そのメカニズムの理論化が課題であった。環境移住の視点は、以下の貢献をする。
価値観転換のメカニズムを理論化する: なぜ都市価値観が農村で変容するのかを、ハビトゥスの再構築として説明する。
環境要因を三層で体系的に分析する: 農村環境の特性(物理・社会文化・価値観)を体系的に捉える。
国際的視点への拡張: 日本の田園回帰を、フランスのnéoruralisme、イタリアのSlow City運動などと比較し、国際的な文脈に位置づける。
このように、環境移住は既存の移住形態を包含する上位概念(メタ視点)として機能し、各形態に対して環境全体の資源化、長期的価値観形成、循環の視点を追加することで、分析を深化させる。
第5章 研究方法
本章では、環境移住の理論的枠組みを構築するために採用した研究方法を詳述する。本研究は、理論構築型研究(Theory-Building Research)として位置づけられ、複数の方法論を統合的に用いる。第1節では研究の哲学的立場と全体的デザインを説明し、第2節ではデータ収集の具体的方法を述べ、第3節では分析手法を詳述し、第4節では研究の限界と妥当性の確保について論じる。
5-1. 研究デザイン
研究の目的と性格
本研究の主要な目的は、「環境移住(Environment-Oriented Migration)」という新たな概念的視点を提唱し、その理論的枠組みを構築することである。これは、探索的研究(exploratory research)かつ理論構築型研究(theory-building research)として位置づけられる。既存の移住研究が十分に理論化していない「環境と価値観の循環的相互作用」という現象を理論化することを目指す。
哲学的立場:解釈主義と構成主義
本研究は、解釈主義(Interpretivism)と社会構成主義(Social Constructionism)の立場をとる。この立場は、以下の前提に基づいている。
- 現実の社会的構成: 社会的現実は客観的に存在するのではなく、人々の相互作用と解釈を通じて構成される。環境と価値観の関係も、固定的なものではなく、文化的・社会的文脈の中で構成される。
- 意味の文脈依存性: 移住経験の意味は、個人の背景、家族構成、移住先の環境、時間的経過といった文脈に依存する。同じ環境でも、異なる人々は異なる意味を構成する。
- 主観性の認識: 研究者自身が研究対象の一部であることを認識し、主観性を排除するのではなく、明示的に扱う。自己エスノグラフィーを採用することで、研究者の主観的経験を研究の資源として活用する。
研究アプローチ:三つの柱
本研究は、三つの方法論的アプローチを統合的に採用する。
アプローチ1: 文献レビューと概念分析
既存の学術文献を体系的にレビューし、ライフスタイル移住、教育移住、田園回帰、環境心理学、ブルデューの社会学理論といった複数の研究領域を横断的に分析する。これにより、環境移住という概念の理論的基盤を構築し、既存研究の貢献と限界を明確化する。
概念分析(Conceptual Analysis)により、「環境」「価値観」「移住」「ハビトゥス」「文化資本」「Place Attachment」といった核心概念を明確化し、相互の関係性を理論化する。
アプローチ2: 自己エスノグラフィー(Autoethnography)
自己エスノグラフィーは、研究者自身の経験を分析対象とする質的研究手法である(Ellis, Adams, & Bochner, 2011)。本研究では、著者(阪口裕樹)と家族の南フランス・エクサンプロヴァンスへの移住経験を主要な事例とする。
自己エスノグラフィーを採用する理由は以下の通りである。第一に、環境と価値観の相互作用は長期的・動的プロセスであり、外部からの観察では捉えにくい。自己の内的変化を継続的に記録することで、価値観の微細な変容を捉えることができる。第二に、移住という体験は極めて個人的であり、主観的経験を詳細に記述することで、理論的洞察が得られる。第三に、研究者が実践者でもあることで、理論と実践の往還が可能となる。
アプローチ3: 比較分析とモデル構築
複数の移住形態(教育移住、ノマド移住、ライフスタイル移住、田園回帰)を比較分析し、環境移住という視点がどのように適用可能かを検討する。また、複数の地域(南フランス、日本の田園地域、北欧諸国など)の環境特性を三層モデル(物理的環境、社会文化的環境、価値観・世界観)に基づいて比較分析する。
これらの分析を通じて、「環境と価値観の循環モデル」を構築する。このモデルは、移住前の環境選択から、環境との相互作用、価値観の変化、次の環境選択へと続く循環的プロセスを説明するものである。
研究プロセス
本研究は、以下の段階を経て進行した。
- 文献レビュー(2024年1月-3月): ライフスタイル移住、教育移住、田園回帰、環境心理学、ブルデュー理論に関する約60点以上の学術文献を収集・分析。
- 概念の初期構築(2024年4月-6月): 環境移住という概念の定義と核心要素の明確化。
- 移住実践とデータ収集(2025年1月-継続中): 南フランス・エクサンプロヴァンスへの移住実践と並行して、参与観察、内省的記録、写真記録を継続。
- 理論モデルの構築(2025年3月-5月): 循環モデル、三層モデル、時間軸モデルの構築と精緻化。
- 論文執筆(2025年6月-8月): 理論的枠組みの体系化と論文としての整理。
5-2. データ収集
本研究では、一次データと二次データの両方を使用する。一次データは著者自身の移住経験に基づくデータであり、二次データは既存の学術文献と統計データである。
一次データ:自己エスノグラフィーに基づくデータ
参与観察(Participant Observation)
2025年1月からの南フランス・エクサンプロヴァンスでの生活を通じて、以下の活動への参与観察を実施した。
- 朝市(Marché)での買い物と生産者との会話(週3回)
- カフェでの時間の過ごし方と対人関係の観察(週4-5回)
- 地域の行事やフェスティバルへの参加(月1-2回)
- 公園、広場、公共空間での人々の振る舞いの観察(日常的)
- 語学学校でのフランス語学習と他の移住者との交流(週2回、3ヶ月間)
- 近隣住民との日常的な挨拶と会話
内省的記録(Reflective Journal)
移住開始時から継続的に、以下の内容を記録している。
- 日々の出来事と感情の変化(日記形式、週5-6回)
- 価値観の変化に関する気づき(月1回の振り返り記録)
- 以前の価値観との葛藤や対立の記録
- 家族との対話から得られた洞察
- 「これは重要だ」と感じた瞬間の詳細な記述
内省的記録は、スマートフォンのメモアプリとノートブックの両方を使用し、思考が新鮮なうちに記録することを心がけた。約6ヶ月で約150ページ(約60,000語)の記録が蓄積された。
写真記録(Photo Documentation)
環境の物理的・社会的側面を記録するため、約500枚の写真を撮影した。朝市の風景、街並み、公共空間、季節の変化、日常的な場面などが含まれる。写真は単なる記録ではなく、環境の「感じ」を想起させる手段として機能した。
会話記録(Conversation Logs)
現地在住の日本人移住者5名、フランス人知人3名との非構造化インタビュー(会話形式)を実施した。移住経験、文化的適応、価値観の変化、Place Attachmentの形成といったテーマについて、1人あたり1-2時間の対話を行った。会話はメモと録音(許可を得た場合)で記録した。
二次データ:文献と統計データ
学術文献
以下の研究領域から約60点以上の学術文献を収集・分析した。
- ライフスタイル移住研究: Benson & O’Reilly (2009)、綱川雄大(2023)、鈴木修斗(2023)、松永桂子(2019)など約15点
- 教育移住研究: Waters (2006)、是川夕(2019)など約10点
- 田園回帰研究: 藤山浩(2015)、小田切徳美(2014)、西野寿章(2024)、一ノ瀬俊明(2023)など約12点
- 環境心理学: Scannell & Gifford (2010)、田口誠(2014)、宮崎弦太ほか(2018)など約10点
- ブルデューの社会学理論: Bourdieu (1984, 1990)、Nowicka (2015)、Oliver & O’Reilly (2010)、Radogna (2022)など約15点
統計データ
移住トレンド、人口動態、生活満足度に関する統計データを収集した。主な情報源は以下の通りである。
- OECD統計データベース(生活満足度、ワークライフバランス指標)
- 総務省統計局(日本の人口移動統計)
- INSEE(フランス国立統計経済研究所)のデータ
- World Happiness Report(国別幸福度ランキング)
5-3. 分析手法
データ分析は、概念分析、エスノグラフィー分析、理論統合の三段階で進行した。
第1段階:概念分析(Conceptual Analysis)
環境移住という概念を構築するため、以下の手順で概念分析を実施した。
- 核心概念の抽出: 文献レビューを通じて、「環境」「価値観」「移住」「ハビトゥス」「文化資本」「Place Attachment」といった核心概念を抽出した。
- 概念の定義: 各概念を既存研究に基づいて定義し、本研究の文脈での意味を明確化した。
- 概念間の関係性の探索: 環境が文化資本を形成し、文化資本がハビトゥスを再構築し、ハビトゥスが次の環境選択に影響するという関係性を理論化した。
- 統合概念の構築: これらの要素を統合し、「環境移住」という新たな概念を定義した。
第2段階:エスノグラフィー分析
自己エスノグラフィーのデータを分析するため、グラウンデッド・セオリー(Grounded Theory)の手法を部分的に援用した(Charmaz, 2006)。具体的には以下の手順で進めた。
オープン・コーディング(Open Coding)
内省的記録を繰り返し読み返し、価値観の変化、環境との相互作用、感情の変化に関する記述を抽出した。約150ページの記録から、約300の意味単位(meaning units)を抽出した。
例えば、「最初は昼休みが長すぎて退屈だと感じたが、3ヶ月後には家族とゆっくり食事をする時間が貴重だと感じるようになった」という記述は、「時間感覚の変化」「価値観の再構築」としてコード化された。
軸足コーディング(Axial Coding)
抽出された意味単位を、概念的カテゴリーにグループ化した。主要なカテゴリーとして、以下が浮かび上がった。
- 時間感覚の変容(「急ぐ」から「ゆとり」へ)
- 人間関係の距離感の変化(「効率的」から「関係性重視」へ)
- 食への態度の変化(「燃料補給」から「楽しみと社交」へ)
- 季節感の獲得(「季節を感じない生活」から「季節を味わう生活」へ)
- 美意識の変化(「実用性重視」から「美しさを大切にする」へ)
- アイデンティティの再構築(「東京の人間」から「プロヴァンスに住む人」へ)
選択的コーディング(Selective Coding)
カテゴリー間の関係性を分析し、中核的なストーリーライン(core storyline)を構築した。このストーリーラインが、「環境と価値観の循環モデル」の基盤となった。
第3段階:理論統合と モデル構築
エスノグラフィー分析から得られた洞察と、既存理論(ブルデューの文化資本論、ハビトゥス概念、Place Attachment理論)を統合し、理論モデルを構築した。
循環モデルの構築
環境選択→環境との相互作用→文化資本の獲得→ハビトゥスの再構築→次の環境選択という5段階の循環モデルを構築した。このモデルは、自己エスノグラフィーのデータと既存理論を往還することで精緻化された。
三層モデルの構築
環境を、物理的環境、社会文化的環境、価値観・世界観の三層として捉えるモデルを構築した。このモデルは、環境心理学とブルデュー理論を統合したものである。
時間軸モデルの構築
価値観変容を時間軸に沿って5段階(初期適応期、文化的理解期、価値観変容期、価値観定着期、統合期)に分けるモデルを構築した。このモデルは、自己の経験とPlace Attachment理論を統合したものである。
妥当性の確保
質的研究における妥当性を確保するため、以下の手法を採用した。
- 三角測量(Triangulation): 複数のデータソース(内省的記録、参与観察、会話記録、文献)を統合することで、分析の妥当性を高めた。
- メンバーチェック(Member Checking): 現地在住の日本人移住者に分析結果を共有し、フィードバックを得た。
- 理論的妥当性(Theoretical Validity): 既存理論(ブルデュー、Place Attachment)との整合性を確認した。
- 詳細な記述(Thick Description): 環境の特性、経験の詳細、価値観の変化を詳細に記述することで、読者が文脈を理解できるようにした。
5-4. 研究の限界と妥当性
研究の限界
本研究には、以下の限界が存在することを認識している。
限界1: 単一事例に基づく理論構築
本研究は、著者自身の移住経験という単一事例を主要なデータとしている。単一事例から導かれた理論が、他の文脈や他の移住者にどの程度適用可能かという一般化可能性(generalizability)には限界がある。
ただし、本研究の目的は統計的一般化ではなく、理論的一般化(theoretical generalization)である。すなわち、特定の事例から抽出された概念や理論的枠組みが、他の事例を理解する際の分析ツールとして機能することを目指している。Yin (2018)が指摘するように、事例研究の価値は統計的代表性ではなく、理論的洞察の深さにある。
限界2: 主観性とバイアスの可能性
自己エスノグラフィーは、研究者の主観的経験を分析対象とするため、客観性の確保が難しい。著者自身のバイアス(例えば、移住を肯定的に捉えたいという願望)が分析に影響を与える可能性がある。
この限界に対処するため、以下の手法を採用した。第一に、内省的記録において否定的な経験や葛藤も含めて率直に記録した。第二に、現地在住の他の移住者との対話を通じて、自己の経験を相対化した。第三に、既存理論との照合を通じて、主観的経験を理論的文脈の中に位置づけた。
限界3: 時間的制約
本論文執筆時点(2026年1月)で、移住開始から約9ヶ月しか経過していない。循環モデルの第5段階(統合期)やPlace Attachmentの完全な形成には、さらに長期的な観察が必要である。
この限界を認識した上で、本研究は「進行中のプロセス」の理論化として位置づけられる。今後の継続的な観察と記録によって、理論の精緻化が可能となる。
限界4: 実証データの不足
本研究は理論構築を主目的としており、大規模な実証調査(質問票調査や量的分析)は実施していない。したがって、構築された理論の実証的検証は今後の課題として残されている。
妥当性の確保
これらの限界を認識した上で、以下の方法で研究の質を担保した。
理論的妥当性(Theoretical Validity)
本研究で構築された理論的枠組みは、既存の確立された理論(ブルデューの文化資本論とハビトゥス概念、環境心理学のPlace Attachment理論)と整合的である。既存理論を移住研究に応用し、拡張することで、理論的妥当性を確保している。
記述的妥当性(Descriptive Validity)
環境の特性、日常的経験、価値観の変化を詳細かつ具体的に記述することで、読者が文脈を理解し、著者の解釈を評価できるようにした。厚い記述(thick description)により、転用可能性(transferability)を高めている。
解釈的妥当性(Interpretive Validity)
現地在住の他の移住者との対話、既存文献との照合、複数の理論的視点からの検討を通じて、解釈の妥当性を高めた。単一の解釈に固執するのではなく、複数の解釈可能性を検討した。
転用可能性(Transferability)
本研究の事例は南フランス・エクサンプロヴァンスという特定の文脈に基づいているが、構築された理論的枠組み(循環モデル、三層モデル、時間軸モデル)は、他の移住事例を分析する際の分析ツールとして転用可能である。第8章の比較分析では、この転用可能性を実証的に示している。
透明性(Transparency)
研究プロセス、データ収集方法、分析手順、研究の限界を明示的に記述することで、研究の透明性を確保した。読者が研究の質を評価し、結論の妥当性を判断できるようにした。
研究倫理的配慮(Ethical Considerations)
本研究は自己エスノグラフィー(Autoethnography)の手法を採用しており、著者自身と家族の移住経験を分析対象としている。研究倫理的配慮として、以下の措置を講じた。
家族の同意と参加
本研究において家族の経験や発言を記述する際には、事前に家族(配偶者および子ども)に研究の目的と内容を説明し、同意を得た。特に子どもに関する記述については、プライバシーに十分配慮し、個人が特定されるような詳細な情報(学校名、友人の実名など)は記載していない。
第三者のプライバシー保護
研究の過程で接触した現地在住の移住者、地域住民、その他の第三者について記述する際には、個人が特定されないよう、仮名の使用や詳細情報の省略を行った。会話や観察の記録は、倫理的配慮の下で行い、個人のプライバシーを侵害しないよう留意した。
自己開示とバイアスの自覚
自己エスノグラフィーという手法の性質上、著者自身の主観的経験が研究の中心となる。このため、著者自身のバイアス(移住を肯定的に捉える傾向など)を自覚し、研究の限界として明示した。また、内省的記録においては、肯定的な経験だけでなく、困難や葛藤も率直に記録することで、バランスの取れた記述を心がけた。
データの管理と保管
研究データ(内省的記録、観察記録、写真、音声記録など)は、著者が厳重に管理し、第三者が閲覧できないよう適切に保管している。研究終了後も、データの取り扱いについては倫理的配慮を継続する。
インフォームド・コンセントの実施
現地在住の移住者にインタビューを行う際には、研究の目的、データの使用方法、プライバシー保護の措置について事前に説明し、口頭での同意を得た。インタビュー内容の記録については、個人が特定されないよう匿名化した。
研究成果の共有
本研究の成果は、学術的目的での公開を前提としており、家族および関係者にはその旨を事前に説明している。公開にあたっては、プライバシー保護を最優先とし、個人情報の保護に万全を期している。
今後の研究への示唆
本研究は理論構築を主目的としており、今後の実証研究への基盤を提供するものである。今後の研究の方向性として、以下が考えられる。
- 複数の移住者を対象とした比較事例研究による理論の精緻化
- 量的調査(質問票調査)による理論の実証的検証
- 長期的な縦断研究による価値観変容プロセスの追跡
- 異なる文化圏(アジア、北米、北欧など)での理論の適用可能性の検証
- 環境評価ツールの開発と実践的応用
これらの限界を認識しつつも、本研究は環境移住という新たな概念的視点を提唱し、その理論的基盤を構築することに貢献するものである。
第6章 ケーススタディ:南フランス・エクサンプロヴァンスへの移住
本章では、著者(阪口裕樹)と家族の南フランス・エクサンプロヴァンスへの移住を事例として、環境と価値観の循環モデルを実証的に検討する。この事例は、環境移住の理論的枠組みを具体化し、その妥当性を示すものである。
6-1. エクサンプロヴァンスの環境特性
エクサンプロヴァンス(Aix-en-Provence)は、南フランス・プロヴァンス地方に位置する人口約14万人の中規模都市である。ローマ時代に温泉都市として栄え、中世には芸術と文化の中心地として発展した歴史を持つ。画家ポール・セザンヌの生誕地としても知られ、現在も芸術文化が街の重要な要素となっている。
レイヤー1: 物理的環境
地中海性気候: 年間を通じて温暖で乾燥した気候が特徴である。夏は暑く乾燥し(最高気温30-35度)、冬は温和で雨が少ない(最低気温5-10度)。年間300日以上が晴天であり、豊かな日照に恵まれている。この気候は、屋外活動を促進し、公共空間での社交を活発にする。
中世都市景観: 旧市街は17-18世紀の建築物が保存され、蜂蜜色の石造りの建物、狭い路地、噴水のある広場が特徴的である。ミラボー大通り(Cours Mirabeau)は、プラタナスの並木道、カフェテラス、噴水が連なる美しい空間である。建築美と公共空間の質の高さが、日常生活に美的経験をもたらす。
自然との近接性: 市街地から車で30分圏内に、サント・ヴィクトワール山(セザンヌが繰り返し描いた山)、プロヴァンスの田園地帯、ラベンダー畑、オリーブ畑が広がる。週末には自然の中でハイキング、サイクリング、ピクニックを楽しむことができる。
インフラ: 医療施設、教育機関(大学、語学学校、インターナショナルスクール)、公共交通、商業施設が充実している。パリへはTGVで3時間、マルセイユ空港へは30分でアクセス可能である。
レイヤー2: 社会文化的環境
ゆったりとした時間感覚: 「急ぐ」ことが美徳とされない文化である。ランチには1.5-2時間をかけ、カフェでの会話は急がされることなく続く。店員との会話も、効率よりも関係性を重視する。「まぁゆっくりね(Doucement)」という言葉が頻繁に使われる。
朝市文化: 火曜・木曜・土曜の週3回、市内各地で朝市(Marché)が開かれる。野菜、果物、チーズ、パン、魚、肉、花などが並び、生産者と直接会話しながら買い物をする。朝市は単なる買い物の場ではなく、地域コミュニティの社交の場であり、季節感を感じる場である。
芸術・美意識: 街中に美術館、ギャラリー、劇場、コンサートホールがあり、芸術イベントが日常的に開催される。公共空間(広場、噴水、並木道)の美しさが大切にされ、花や植物が豊かに配置されている。日常生活の中に芸術と美が自然に溶け込んでいる。
対人関係の温かさ: 挨拶(Bonjour, Bonsoirは必須)、スモールトーク(天気、季節、食材の話)、笑顔が日常的に交わされる。見知らぬ人同士でも気軽に会話が始まる。カフェやレストランでは、隣のテーブルの人と会話することも珍しくない。
レイヤー3: 価値観と世界観
生活の質(Art de vivre)の重視: 仕事は生活のための手段であり、生活の質そのものが目的である。「よく生きる(Bien vivre)」とは、美味しいものを食べ、美しいものに囲まれ、愛する人と時間を過ごし、自然を楽しむことを意味する。経済的成功よりも、日々の生活の豊かさが重視される。
地産地消: 地元で採れた季節の食材を大切にする文化が根付いている。トマトは夏に、栗は秋に、トリュフは冬に食べる。遠方から輸送された食材よりも、地元の生産者が育てた食材が好まれる。
季節感: 季節ごとの食材、行事、風景の変化を大切にする。春はアスパラガスとイチゴ、夏はトマトとズッキーニ、秋はキノコと栗、冬はトリュフとジビエ。季節の移り変わりが、生活のリズムを作る。
人間関係の深さ: 効率よりも関係性を重視する。ビジネスも人間関係の上に成り立つ。信頼関係を築くには時間がかかるが、一度築かれた関係は深く長続きする。
6-2. 阪口家の移住プロセスと環境選択
移住の背景と動機
著者(阪口裕樹)は、WEBマーケター兼作家として14年間リモートワークを実践してきた。場所に縛られない働き方を確立していたことで、居住地選択の自由度が高かった。2025年4月、家族(配偶者と子ども)と共にエクサンプロヴァンスへの移住を決断した。
移住の背景には、家族にとってフランスが身近な存在であったことが大きい。コロナ以前は足繁く通っており、家族では年2回、著者個人では多い年で年6回ほど渡仏していた。フランスには15回以上訪問しており、フランスで学んだ「家族で豊かに暮らす」「日常生活を楽しむ」といった価値観は、東京での生活にも影響を与えていた。
決定的な契機となったのは、2024年夏の結婚記念日である。娘がパーティーを企画し、テーブルセッティング、家の装飾、照明、衣装、メイク、音楽、プレゼントをプロデュースした。その完成度の高さと感性に、夫婦は「この感性をさらに伸ばしたい」と強く感じた。娘の感性が伸びる時期に、フランスで暮らすことで、東京以外の環境で暮らす体験を提供したいと考えるようになった。
さらに、2024年9月頃に南仏でのビジネスの話が舞い込み、そこにジョインすることになった。著者自身の仕事はリモートワークで完結するため、東京でも南仏でも同様に実施可能であった。自分たちの希望、仕事の自由度、南仏でのビジネス機会が組み合わさり、南仏移住へとつながった。
移住の動機は、一般的な教育移住やキャリア移住とは異なる複合的なものであった。子どもの感性と価値観形成への配慮、家族全体の生活の質の向上、日本での生活で感じていた「時間の貧しさ」「関係性の希薄さ」「季節感の喪失」を克服したいという願望、そして「環境移住」という概念を自ら実践し理論化することへの知的関心が統合された形であった。
環境選択の基準
南フランス、特にプロヴァンス地方を選択した背景には、過去の訪問経験を通じて獲得していた価値観との親和性があった。エクサンプロヴァンスという具体的な都市は、ビジネス機会と家族の希望を総合的に考慮して選ばれたものであり、研究目的ではなく、生活の場として選択された。選択の基準は、環境移住の三層モデルに対応している。
物理的環境: 温暖な気候(年間を通じて屋外活動が可能)、歴史的景観(美しい街並みと公共空間)、自然との近接性(山、田園、海へのアクセス)、充実したインフラ(医療、教育、交通)が魅力であった。
社会文化的環境: ゆったりとした時間感覚(急がない文化)、朝市文化(地産地消と季節感)、芸術文化(日常に溶け込む美)、対人関係の温かさ(挨拶と会話を大切にする)といった要素は、過去の訪問経験を通じて既に親しんでいた。
価値観: 生活の質重視(仕事よりも生活)、地産地消(食と自然のつながり)、季節感(季節の移り変わりを味わう)、人間関係の深さ(効率よりも関係性)という価値観は、過去のフランス訪問を通じて既に形成されており、それを日常生活の中で実践したいという希望があった。
移住前の準備と調査
移住決定後、2025年4月の出国に向けて準備を進めた。
言語準備: 娘は現地の公立校に入学する予定であったため、フランス語の学習に注力した。幸い、娘は既に英語を習得していたため、アルファベットや文法構造の理解はスムーズであった。渡仏前に、現地校の会話にある程度ついていける状態を目標とした。著者自身も、オンライン講座とアプリを使用し、日常会話レベル(A2)を目標に学習を進めた。基本的な挨拶、買い物、質問ができる程度の語学力を身につけることで、初期適応の負担を軽減することを意図した。
仕事の調整: リモートワークの利点を活かし、東京のクライアントとの仕事を継続できる体制を整えた。ネット回線が弱い状況でも対応できるように、大量のページを一度に更新するようなSEOの仕事は日本にいるうちに完了させ、外注化を進めた。収入源を確保したまま移住することで、経済的不安を最小限に抑えた。
物理的準備: 長期滞在かつ学校生活という状況を考慮し、スーツケースで引っ越すことを前提に、持参する物を厳選した。部屋の片付けや荷物の整理を進めた。
過去15回以上のフランス訪問経験があったため、現地の生活様式、文化的特性、季節感などについては、ある程度の理解があった。しかし、「旅行者」としての経験と「生活者」としての経験は異なるため、移住後の適応プロセスが重要であることを認識していた。
6-3. 環境との日常的相互作用
移住後、エクサンプロヴァンスの環境との日常的な相互作用を通じて、価値観の変容が始まった。以下、具体的なエピソードを通じてこのプロセスを記述する。
朝市での買い物体験
週3回(火曜・木曜・土曜)の朝市通いは、最も重要な日常的実践となった。初回の訪問では、あまりの規模と活気に圧倒された。数百メートルにわたって露店が並び、野菜、果物、チーズ、パン、魚、肉、花、衣類、雑貨などが所狭しと並ぶ。生産者が直接販売しており、「これはどう料理するのか」「いつが旬か」「どこで採れたのか」といった会話が自然に交わされる。
最初は「効率的に買い物を済ませよう」という日本での習慣が抜けず、必要なものをリストアップして素早く買おうとした。しかし、朝市ではそのやり方は通用しない。生産者は時間をかけて説明してくれるし、隣の客と会話が始まることもある。急ぐことが失礼に感じられる雰囲気がある。
数週間が経つと、「ゆっくり選ぶ」ことの楽しさに気づき始めた。トマト一つを選ぶのに、生産者と「これはサラダ用、これは煮込み用」と会話する。季節の変わり目には「今週から○○が出始めたよ」と教えてもらう。旬の食材を知り、季節の移り変わりを感じる。徐々に顔見知りが増え、「今日は何を作るの?」「先週のズッキーニはどうだった?」といった会話が生まれる。
朝市通いを通じて、いくつかの価値観が身体化されていった。第一に、地産地消の価値観である。地元で採れた食材を地元で消費することの意味—生産者を支援し、環境負荷を減らし、新鮮な食材を楽しむ—を理解した。第二に、季節感である。トマトは夏に、栗は秋に食べるという当たり前が、いかに失われていたかに気づいた。第三に、時間をかけることの豊かさである。「効率」を追求するのではなく、「関係性」と「経験」を大切にすることの価値を学んだ。
地域コミュニティへの参加
移住後3ヶ月目頃から、地域のイベントや行事に参加し始めた。夏には音楽フェスティバル、秋にはワイン祭り、冬にはクリスマスマーケットが開催される。これらのイベントは、観光客向けではなく、地域住民が楽しむためのものである。
近所の人々との関係も徐々に深まっていった。毎朝の挨拶(Bonjour)から始まり、天気や季節の話をするようになり、やがて立ち話が10-15分続くこともあった。「急いでいるから」と会話を打ち切ることは失礼とされる文化であり、最初は戸惑ったが、徐々にその豊かさに気づいた。
カフェでも関係性が生まれた。同じカフェに週2-3回通ううちに、店員が顔を覚え、「いつものやつ?」と聞いてくれるようになった。常連客同士も顔見知りになり、隣のテーブルの人と天気の話や時事問題の話をすることが普通になった。
言語学習と文化理解
フランス語学習は、単なるコミュニケーション手段の習得ではなく、文化理解の入口となった。語学学校に通い、A2レベルからB1レベルへと進んだ。授業では文法や語彙だけでなく、文化的背景や暗黙のルールも学んだ。
例えば、「Vous」(敬語)と「Tu」(親しい間柄)の使い分けは、単なる文法ではなく、人間関係の距離感を表現する重要な要素である。どのタイミングで「Tu」に移行するかは、関係性の深さを示す。「Bon appétit」(良い食事を)という挨拶は、食事を社会的行為として大切にする文化を反映している。
失敗も多かった。店で「Bonjour」を言わずに用件を言ってしまい、冷たい対応をされたこともある。挨拶は単なる形式ではなく、相手を「人間」として尊重する表現であることを学んだ。時間に数分遅れることが「遅刻」とは見なされず、むしろ余裕を持って行動することが好ましいとされる文化にも適応していった。
季節のリズムと生活の変化
エクサンプロヴァンスでの生活を通じて、季節の移り変わりが生活のリズムを作ることを実感した。
春(3-5月): アスパラガス、イチゴ、さくらんぼが朝市に並び始める。気温が上がり、カフェのテラス席が賑わう。サント・ヴィクトワール山へのハイキングが心地よい季節。イースターの祝祭が行われる。
夏(6-8月): トマト、ズッキーニ、桃、メロンが豊富に出回る。日が長く、夜9時過ぎまで明るい。音楽フェスティバルが各地で開催される。バカンスの季節で、8月は多くの店が閉まる。
秋(9-11月): キノコ、栗、ぶどうが旬を迎える。ワインの収穫祭が行われる。気温が下がり、紅葉が美しい。トリュフの季節が始まる。
冬(12-2月): トリュフ、ジビエ(鹿、猪)、柑橘類が並ぶ。クリスマスマーケットが開催される。気温は低いが雪は少なく、晴天の日が多い。静寂の季節で、内省的な時間を過ごす。
季節ごとの食材と行事が、「今、ここ」を意識させる。日本での生活では、一年中同じ食材がスーパーに並び、季節感が希薄だったことに気づいた。エクサンプロヴァンスでは、季節の移り変わりが日常生活に深く組み込まれている。
6-4. 価値観変容のプロセス
環境との日常的相互作用を通じて、価値観の変容が段階的に進行した。以下、時間軸に沿って記述する。
初期適応期(0-2ヶ月):表層的理解とカルチャーショック
移住直後は、エクサンプロヴァンスの美しさと魅力に魅了された。石造りの建物、プラタナスの並木道、噴水のある広場、温暖な気候、豊かな日照—全てが新鮮で興奮を覚えた。朝市の活気、カフェの賑わい、人々の笑顔に、「ここに住めることの幸運」を感じた。
しかし同時に、カルチャーショックも経験した。店の営業時間の短さ(昼休みに2時間閉まる、日曜は休み)、役所の手続きの複雑さ、時間のルーズさ(約束の時間に10-15分遅れることが普通)に苛立ちを感じた。「なぜもっと効率的にできないのか」「なぜこんなに時間がかかるのか」と不満に思うこともあった。
この時期は、まだ「日本的な価値観」(効率、時間厳守、生産性)が強く残っており、フランスの文化を「遅い」「非効率」と否定的に捉える傾向があった。
文化的理解期(2-4ヶ月):深層的理解と価値観の揺らぎ
数ヶ月が経つと、表層的な現象の背後にある深層的な価値観が見え始めた。「なぜゆっくりなのか」という問いへの答えが、徐々に理解できるようになった。
店が昼休みに閉まるのは、店員も家に帰って家族と昼食を取るためである。食事は単なる燃料補給ではなく、家族や友人と過ごす大切な時間である。時間に少しルーズなのは、時間よりも「今、ここにいる人」を大切にするからである。約束の時間が来ても、目の前の人との会話を打ち切って去ることは失礼とされる。
朝市で生産者と会話することの意味も理解し始めた。それは単なる買い物ではなく、地域コミュニティの一員としての参加であり、季節感を共有する文化的実践である。「どこで誰が作ったか」を知ることで、食材への感謝と尊重が生まれる。
この時期、自分の価値観との違いを明確に自覚した。「効率」と「ゆとり」、「時間厳守」と「柔軟な時間」、「生産性」と「生活の質」—これらは二者択一ではなく、異なる価値観の表現であることに気づいた。しかし、まだどちらが「正しい」かという葛藤は残っていた。
価値観変容期(4-6ヶ月):行動の変化と内面化
4-6ヶ月が経つと、無意識の行動パターンが変わり始めた。最初は意識的な努力を要した行動—ゆっくり食事をする、立ち話を楽しむ、季節の食材を選ぶ—が、徐々に自然になっていった。
ある日、日本からの友人が訪ねてきた際、「阪口さん、変わりましたね。ゆっくりしてますね」と言われて驚いた。自分では意識していなかったが、歩くスピード、話すペース、時間の使い方が変化していた。友人との会話で「急がなくていいよ」「ゆっくりでいいよ」という言葉を頻繁に使っていることに気づいた。
食事の時間も大きく変わった。以前は30分で済ませていた夕食が、1.5-2時間かけるようになった。料理を味わい、会話を楽しむことが、食事の目的そのものとなった。「時間の無駄」ではなく「豊かな時間の使い方」として受け入れられるようになった。
季節感も深まった。トマトを冬に食べることに違和感を覚えるようになり、「今、旬のものを食べる」ことの豊かさを実感した。朝市で「今週から○○が出始めた」と聞くと、季節の移り変わりを体で感じ、喜びを覚えるようになった。
しかし、この変化は葛藤も伴った。日本の仕事で「効率」や「スピード」を求められる場面で、以前のような対応ができなくなっていることに気づいた。「自分は変わってしまったのか」「日本に戻れなくなったのか」という不安も感じた。アイデンティティの揺らぎを経験した。
価値観定着期(6ヶ月以降):ハビトゥスの変化とPlace Attachmentの形成
6ヶ月を過ぎる頃、新しい価値観が安定し、ハビトゥスとして定着した。意識的な努力なしに、新しい行動様式が「自然」になった。「急がない」「関係性を大切にする」「季節感を味わう」という価値観が、新しい「当たり前」として内面化された。
アイデンティティの葛藤も解消された。「日本人」と「プロヴァンスに住む人」という二つのアイデンティティを統合し、「日本出身でプロヴァンスに住む自分」という複合的なアイデンティティを受け入れた。両方の文化を理解し、状況に応じて切り替えられることを、強みとして捉えるようになった。
Place Attachment(場所への愛着)も形成された。特定の場所—朝市の特定の露店、いつものカフェ、散歩コースの公園、サント・ヴィクトワール山の見える場所—に深い愛着を感じるようになった。「ここが自分の場所」という感覚が生まれた。地域コミュニティの一員としての自覚も芽生え、地域のイベントに積極的に参加し、他の移住者を支援するようになった。
6-5. 大人と子どもの適応プロセスの違い
家族での移住において、大人と子どもの適応プロセスには顕著な違いが見られた。
大人(著者)の適応:既存ハビトゥスとの葛藤
著者にとって、適応は意識的な努力と内的葛藤を伴うプロセスであった。日本で40年以上生活して形成されたハビトゥス—「効率重視」「時間厳守」「生産性」—は、深く身体化されており、簡単には変わらなかった。
言語学習も、大人にとっては困難であった。発音の習得、文法の理解、語彙の暗記—全てが意識的な努力を要した。間違いを恐れる気持ちも強く、「完璧に話せないなら話さない方がいい」という傾向があった。
文化的な暗黙のルールの習得も、試行錯誤の連続であった。いつ「Vous」から「Tu」に移行するか、どの程度の親密さで接するか、どのタイミングで会話を終えるか—これらは明示的には教えられず、失敗を通じて学ぶしかなかった。
価値観の変容にも時間がかかった。1年以上かけて、徐々に新しい価値観を受け入れていった。葛藤の時期も長く、「以前の自分」と「新しい自分」の間で揺れ動いた。
子どもの適応:柔軟な習得と複合的アイデンティティの形成
一方、子どもの適応は驚くほど迅速であった。ハビトゥスがまだ固定化されていないため、新しい環境に柔軟に適応した。
言語習得も自然であった。学校や遊びを通じて、フランス語を「学習」するのではなく「習得」した。発音も自然で、ネイティブと区別がつかないレベルに達した。間違いを恐れず、積極的に話すことで、急速に上達した。
文化的な暗黙のルールも、遊びを通じて自然に身につけた。友達との相互作用の中で、挨拶の仕方、遊びのルール、距離の取り方を学んだ。大人のように「正しいか間違っているか」を意識せず、自然に振る舞った。
価値観の形成も、環境との相互作用を通じて自然に進んだ。朝市で生産者と会話し、季節の食材を選び、ゆっくり食事をすることが、「当たり前」として受け入れられた。「日本ではこうだった」という比較もなく、「今、ここ」の文化を素直に受け入れた。
複合的アイデンティティの形成も迅速であった。「日本人でもあり、フランスに住む人でもある」という複合的なアイデンティティを、葛藤なく受け入れた。両方の文化を自然に統合し、状況に応じて切り替えられるようになった。
家族全体の相互作用
興味深いのは、子どもの適応が大人の適応を促進した点である。子どもが学校や遊びを通じて得た文化的知識を家庭で共有することで、大人も学ぶことができた。子どもの柔軟性と適応力を見ることで、大人も「変わることは可能だ」という希望を持つことができた。
逆に、大人の意識的な努力と内省も、家族全体の適応を深めた。「なぜそうなのか」を考え、文化的背景を理解しようとする姿勢は、子どもにも伝わった。家族で文化的な対話をすることで、表層的な適応を超えて、深層的な理解が進んだ。
家族全員が、それぞれ異なるペースと方法で適応していったが、共通の経験(朝市、イベント、旅行、食事)を通じて、家族としてのPlace Attachmentが形成された。エクサンプロヴァンスは、単に個人の居住地ではなく、「家族の場所」となった。
6-6. 比較事例:オランダへの夫婦移住(藤澤夫妻)
6-6-1 事例の概要
藤澤亜紀夫妻は、2024年9月にオランダ・フォールブルフ(南ホラント州)に移住した。阪口家との対比において、この事例は以下の点で独自性を持つ。
基本情報:
- 家族構成:夫婦2人(子どもなし)
- 移住動機:夫婦関係の危機(離婚危機からの関係性修復)
- 移住決定のプロセス:友人の助言(2023年8月)→ ハネムーンでの環境体験(2023年12月)→ 移住決意(2024年1月)→ 実現(2024年9月、決意から9ヶ月)
- 滞在期間:2024年9月〜現在進行中(執筆時点で1年以上)
- 居住地:フォールブルフ(アムステルダム近郊、3階建てアパート、6世帯共同)
表:阪口家と藤澤夫妻の比較
| 比較項目 | 阪口家(エクサンプロヴァンス) | 藤澤夫妻(オランダ) |
|---|---|---|
| 家族構成 | 夫婦+子ども | 夫婦のみ |
| 移住動機 | 子どもの教育環境+生活の質 | 夫婦関係の危機回避 |
| 選択プロセス | 複数候補地の比較検討 | 友人の助言→即決 |
| 環境特性 | 地中海文化・小都市・歴史的街並み | 北欧型社会・多様性・個人主義 |
| 言語環境 | フランス語圏 | 英語が通用(オランダ語圏) |
| 働き方 | リモートワーク | フルリモート業務委託 |
6-6-2 移住動機:「離婚危機」から「環境による関係修復」へ
藤澤夫妻の移住動機は、極めて特異である。結婚後、価値観の不一致により「数日おきにケンカの嵐」が続き、結婚8ヶ月後には離婚を切り出すまでに至った。
藤澤自身の言葉を引用する:
「コミュニケーションの取り方、物事の考え方、家族との関わり方、笑いのツボ、食生活、仕事の考え方、音楽の趣味、休みの過ごし方、友人関係・・・・。ありとあらゆるところで『あれ?』『え???』『ん?????』と思うことが連発。友人に言われて、やっと、気づいたんです。私たち、実質『国際結婚』だったんだ、って。」(藤澤, 2024)
この危機に対し、7年来の友人が発した一言が転機となった:
「君たち夫婦は、オランダがいいよ」
「仲良く生きていくために、オランダに移住しなさい」
この助言は、環境移住の核心を一言で表している。問題を内的努力(カウンセリング、対話)で解決するのではなく、環境を変えることで関係性そのものを再構築するというアプローチである。
6-6-3 環境選択のプロセス:第三者視点の機能
藤澤夫妻の環境選択において、特筆すべきは第三者の視点が決定的役割を果たしたことである。
選択プロセスの特徴:
- 外部からの推薦: 「この人が言うんだから、きっとうまくいく」と、7年来の友人の助言を信頼。自分たちだけでは見えない「自分たち夫婦に適した環境」を、外部の視点が明らかにした。
- 環境の事前体験: 2023年12月、ハネムーンで初めてオランダを訪問。実際の環境を体験し、「ここなら生活できる」という確信を得た。
- 即決と迅速な実行: 2024年1月に移住決意。2024年6月、夫の退職金を元手に決行。妻は正社員から業務委託に切り替え、フルリモート勤務を継続。決意から9ヶ月で実現。
この選択プロセスは、阪口家の「複数候補地を慎重に比較検討」とは対照的である。第三者の「外部からの眼差し」が、自己認識の限界を補完し、適切な環境選択を導いた点に、理論的意義がある。
6-6-4 オランダという環境の特性
藤澤が移住1年後に執筆した記事(藤澤, 2025a)から、オランダという環境の特性と、それが夫婦関係に与えた影響を分析する。
A. 「余白」という概念
藤澤は、オランダと東京(移住前の居住地)を対比させ、オランダがもたらした最も重要な変化を「意識の余白」と表現している。
東京の特性(過剰性):
- 人が多すぎる
- 過剰な情報社会
- 至る所にある広告。24時間365日、張り巡らされたマーケティング
- 音も、人も、思念も多すぎる
- 電車の中とか街は静かなのに、人の頭の中がうるさすぎる
藤澤は、一時帰国時に東京の電車に乗り、「静かでうるさかった」という逆説的な表現を用いている。物理的には静かだが、人々の内面的な緊張感が「うるささ」として感じられた、という。
オランダの特性(余白性):
物理的余白:
- 人口密度の低さ(九州サイズに1,800万人、東京+千葉程度)
- 身近な自然の豊富さ
- 街中の広告の少なさ
価値観的余白:
- 仕事より家庭・友人関係が優先される文化
- 「60点取れればOK」のリラックス精神
- 自分の価値観が明確で、「自分探し」をしている人を見たことがない
- 「自分が満たされている」ことが大前提の空気感
- それぞれがすでに自分の軸を持っている
藤澤は、この「余白」が夫婦関係に与えた影響を以下のように総括する:
「移住後1年。喧嘩はほとんどなくなりました。月に1回くらい短い言い争いはありますが、深刻になることは少ないです。自分と相手と向き合い、落ち着いて話し合いができるようになり、建設的に物事を進められるようになりました。『余白』が生まれたことで、お互いを見る余裕ができたんだと思います。オランダは、そのきっかけを与えてくれました。」(藤澤, 2025a)
B. 多様性と個人主義の文化
オランダの社会文化的特性として、以下が挙げられる:
- 多様性への寛容さ: 国際的な環境(フォールブルフの住居は6世帯中、オランダ人3、ロシア人2、日本人1)。「違い」が問題視されず、個性として受容される文化。価値観の不一致が「正しい/間違い」ではなく「それぞれの当たり前」として扱われる。
- ワークライフバランス: 17時閉店なら16時45分に閉めても許容される柔軟性。仕事より家庭・友人が優先される価値観。時間に縛られない働き方。
- 相互尊重と助け合いのコミュニティ: ご近所づきあいの復活(藤澤, 2025b)。料理のお裾分け、荷物の預かり合い、スペアキーの預け合い。藤澤は「日本が失った『古き良き時代』がオランダにある」と表現。
C. 言語環境の優位性
オランダの言語環境は、非ネイティブにとって非常に住みやすい(藤澤, 2025c):
- 主要都市では英語だけで日常生活が完結
- 老若男女、英語が流暢(11歳の子どもも流暢なアメリカ英語、80代も綺麗なイギリス英語)
- 都市部では「オランダ語を喋れない人」も多数(国際化の進展)
この言語環境は、フランス語圏のエクサンプロヴァンスとは対照的である。阪口家は言語習得に相当な労力を費やしたが、藤澤夫妻は英語で即座に適応できた。
6-6-5 環境が関係性を再構築するメカニズム
藤澤夫妻の事例から、環境が夫婦関係を修復したメカニズムを以下のように理論化できる。
第1段階:物理的・心理的距離の確保
- 日本の職場、家族、友人との物理的距離
- 「2人だけの生活」を再構築する空間の獲得
- 外部からの干渉や期待からの解放
第2段階:環境による「余白」の生成
- 情報過多、マーケティング圧力、社会的期待からの解放
- 時間的・心理的余裕の獲得
- 「お互いを見る余裕」の出現
第3段階:価値観の相対化
- 多様性が当然視される環境では、「どちらが正しいか」という問いが無効化される
- 価値観の違いが「問題」ではなく「個性」として受容される文化
- 「正しさ」の押し付け合いから「違いの尊重」へ
第4段階:新しいコミュニケーション様式の獲得
- オランダ人の「60点でOK」精神が、完璧主義を緩和
- 「建設的な話し合い」ができるようになる
- 喧嘩の頻度・深刻度の低下
第5段階:コミュニティへの統合
- ご近所づきあいを通じた社会的つながりの獲得
- 夫婦だけでなく、地域コミュニティとの関係性の構築
- 孤立感の解消
このメカニズムは、環境移住の核心的主張「どう生きるかの前に、どこに住むかを考える」を強力に支持する。藤澤夫妻は、関係性の「内的努力」(カウンセリング等)ではなく、「環境変容」によって問題を解決した。
6-6-6 理論的含意:環境移住理論への三つの貢献
藤澤夫妻の事例は、環境移住理論に以下の新たな視点を加える。
貢献1:「余白」という概念の導入
阪口家の事例では、環境が「学びと成長の場」として機能した。藤澤夫妻の事例は、環境が「余白を生み出す場」として機能することを示す。
「余白」とは:
- 情報過多、マーケティング圧力、社会的期待からの解放
- 時間的・心理的余裕
- 自己と他者を見つめる空間
この概念は、環境移住が「何かを得る」だけでなく、「何かから解放される」機能を持つことを示唆する。現代の都市生活における「過剰性」から逃れ、「余白のある環境」を選ぶことも、環境移住の重要な動機となりうる。
貢献2:環境は関係性も再構築する
従来の環境移住論は、個人の価値観変容に焦点を当ててきた。藤澤夫妻の事例は、環境が人間関係のあり方も変容させることを示す。
日本(東京)では衝突していた夫婦が、オランダでは「仲良く生きられる」。これは、個人が変化したのではなく(または、個人の変化だけでなく)、関係性を成立させる「枠組み」が環境によって提供されたことを意味する。
環境は、人々に「どう関わるべきか」のモデルを提供する。オランダの多様性尊重、個人主義、「60点でOK」精神は、夫婦に「違いを問題視しない」関わり方を学ばせた。
貢献3:第三者視点の重要性
藤澤夫妻の環境選択において、友人の「外部からの眼差し」が決定的だった。「君たち夫婦は、オランダがいいよ」という助言は、自分たちだけでは見えない「適した環境」を明らかにした。
これは、環境選択における自己認識の限界と外部視点の重要性を示す。特に、価値観の不一致による葛藤の渦中にいる当事者は、冷静な環境評価が困難である。第三者の視点が、「この環境があなたたちに合う」という判断を提供することで、適切な環境選択が可能になる。
この知見は、環境移住の実践において、カウンセラーやコンサルタントといった「第三者」の役割を示唆する。
6-6-7 事例の位置づけと限界
本事例は、藤澤亜紀のnote記事(藤澤, 2024; 2025a; 2025b; 2025c)および個人的コミュニケーションに基づく二次的事例である。
本事例の強み:
- 移住後1年以上の継続的な記録
- リアルタイムの心理的変化の記述
- 環境の具体的特性と影響の詳細な観察
本事例の限界:
- 阪口家と同様、自己エスノグラフィーの限界(確証バイアスの可能性)
- 夫の視点からの記述が少ない(主に妻の視点)
- 移住1年時点での評価であり、長期的影響は今後の追跡が必要
今後、より詳細なインタビュー調査を実施し、夫婦双方の視点から環境移住の影響を分析していく予定である。
第7章 実践的方法論
本章では、環境移住という視点を実践するための具体的方法論を提示する。第1節では、環境選びの評価基準を示し、どのような環境要因を評価すべきかを明らかにする。第2節では、価値観マップの作成方法を説明し、自分たちの価値観を明確化する手法を提供する。第3節では、長期視点の環境選択フレームを提示し、短期的条件と長期的価値観形成のバランスを取る方法を論じる。第4節では、移住前の調査と準備の具体的方法を説明する。第5節では、移住後の適応プロセスを支援する方法を提示する。
7-1. 環境選びの評価基準
環境移住の視点に基づいた環境選びでは、従来の移住研究が重視してきた機能的条件(教育制度、経済機会、インフラ、治安)に加えて、環境全体が価値観形成に与える影響を評価する。本節では、環境要因を三つのレイヤーで評価する基準を提示する。
レイヤー1: 物理的環境の評価基準
物理的環境は、移住先選択の基盤となる条件である。以下の要因を評価する。
気候と自然環境
- 気候が自分たちの好みと健康に合っているか
- 日照時間、気温、降水量、季節の変化
- 自然環境(海、山、川、森林)へのアクセス
- 屋外活動の可能性(気候が日常生活にどう影響するか)
都市環境と街並み
- 街並みの美しさ、歴史的建築の有無
- 公共空間の質(広場、公園、歩道)
- 街の規模(大都市、中都市、小都市、田舎)
- 徒歩での移動可能性(車社会か、徒歩中心か)
インフラと生活条件
- 交通網(公共交通機関、空港へのアクセス)
- 医療施設の質とアクセス
- 教育施設(学校、図書館、文化施設)
- 商業施設(スーパーマーケット、専門店、マーケット)
- 通信環境(インターネット速度、デジタルインフラ)
治安と安全
- 犯罪率、治安の体感
- 交通安全、災害リスク
- 公衆衛生、医療システムの信頼性
物理的環境の評価では、単に条件を満たすかどうかだけでなく、「この環境で生活することで、どのような日常的実践が可能になるか」を考える。例えば、徒歩中心の街では、毎日歩く習慣が自然と身につき、身体的健康、街との関わり、人との出会いが増える。
レイヤー2: 社会文化的環境の評価基準
社会文化的環境は、価値観形成に最も深い影響を与える要因である。しかし、移住前に完全に把握することは困難である。以下の要因を、可能な範囲で評価する。
時間感覚と生活リズム
- 労働時間、昼休みの長さ、休日の扱い
- 店舗の営業時間、日曜日の過ごし方
- 一日の流れ、季節ごとの生活リズム
- 時間厳守の度合い(時間にルーズか、厳格か)
人間関係の距離感と社交性
- 挨拶の習慣、見知らぬ人との会話の頻度
- 近隣との関係(親密か、距離を保つか)
- コミュニティへの参加度(地域行事、ボランティア)
- プライバシーの概念(個人主義か、集団主義か)
言語と言語感覚
- 使用言語、方言の有無
- 外国人への言語的寛容度(英語が通じるか、現地語が必須か)
- 言語学習の機会(語学学校、コミュニティでの学習)
- 非言語コミュニケーションの重要度
食文化と消費行動
- 地産地消の習慣、マーケット文化
- 旬の食材への配慮、季節感
- 食事の時間(長いか、短いか)
- 外食文化(レストラン、カフェの役割)
美意識と環境への感受性
- 街の色彩、建築への配慮
- 公共空間の美しさへの関心
- 芸術・文化への関心度
- 歴史的遺産への敬意
暗黙のルールと社会規範
- 公共空間での振る舞い(声の大きさ、列の並び方)
- 礼儀とマナー(何が礼儀正しいとされるか)
- 服装の規範(フォーマルか、カジュアルか)
- 子どもへの態度(寛容か、厳格か)
社会文化的環境の評価では、「この環境で生活することで、どのような価値観が身につくか」を想像する。例えば、朝市文化が根付いている地域では、対面交流、季節感、地域経済への配慮といった価値観が自然と身につく。
レイヤー3: 価値観と世界観の評価基準
価値観と世界観は、最も把握が困難だが、最も本質的な環境要因である。以下の視点で評価する。
時間に対する態度
- 効率性重視か、ゆとり重視か
- 時間は「使うもの」か「過ごすもの」か
- 多忙さは美徳か、生活の質の低下か
仕事と生活のバランス
- 仕事中心の文化か、生活の質重視か
- 労働は自己実現の手段か、生活の手段か
- ワークライフバランスへの配慮
個人と集団の関係
- 個人の自立重視か、コミュニティ重視か
- 競争社会か、協調社会か
- 個人の権利と集団の調和のバランス
自然との関係
- 自然を支配する対象と見るか、調和する対象と見るか
- 環境保全への意識
- 持続可能性への配慮
変化への態度
- 伝統重視か、革新重視か
- 変化を脅威と見るか、機会と見るか
- 歴史と未来のバランス
物質的豊かさの定義
- 経済的成功が最優先か
- 人間関係の豊かさ、時間の豊かさ、経験の豊かさも重視されるか
- 消費主義か、質素な生活の美徳か
価値観と世界観の評価では、「この地域の人々は、何を大切にしているか」「どのような生き方が理想とされているか」を観察する。これらは明文化されていないため、実際に訪問し、人々の行動と会話を観察することが重要である。
環境要因の統合的評価
環境移住の視点では、これら三つのレイヤーを統合的に評価する。物理的環境が良くても、社会文化的環境が自分たちの価値観と合わなければ、長期的な幸福は得られない。逆に、物理的環境が完璧でなくても、社会文化的環境と価値観が合致していれば、高い生活満足度が得られる。
重要なのは、「完璧な環境」を探すのではなく、「自分たちの価値観と調和する環境」を選ぶことである。
7-2. 価値観マップの作成
環境を選ぶ前に、自分たちの価値観を明確化することが重要である。価値観が明確でなければ、環境を評価する基準が曖昧になる。本節では、価値観マップを作成する方法を提示する。
ステップ1: 価値観の棚卸し
まず、自分たちが大切にしている価値観を書き出す。以下の問いに答える形で、価値観を明確化する。
時間について
- 時間をどう使いたいか(効率的に使いたい vs ゆとりを持って過ごしたい)
- 忙しさをどう感じるか(充実感 vs ストレス)
- 時間厳守をどう考えるか(絶対守るべき vs 柔軟でよい)
人間関係について
- どのような距離感が心地よいか(親密な関係 vs 適度な距離)
- コミュニティへの参加をどう考えるか(積極的に参加したい vs プライバシーを重視したい)
- 見知らぬ人との会話をどう感じるか(楽しい vs 煩わしい)
仕事と生活について
- 仕事をどう位置づけるか(人生の中心 vs 生活の一部)
- キャリアの成功をどう定義するか(昇進・収入 vs やりがい・自由)
- ワークライフバランスをどう考えるか(仕事優先 vs 生活優先)
自然と環境について
- 自然とどう関わりたいか(都会の便利さ vs 自然の豊かさ)
- 季節感をどう感じるか(重要 vs あまり意識しない)
- 環境保全をどう考えるか(積極的に配慮したい vs あまり意識しない)
美と文化について
- 美しさをどれくらい重視するか(重要 vs 機能性優先)
- 芸術・文化への関心(高い vs 低い)
- 歴史をどう感じるか(敬意を持つ vs あまり関心がない)
子育てと教育について(家族がいる場合)
- 教育で何を重視するか(学力 vs 人間性 vs 国際性)
- 子どもにどう育ってほしいか(成功 vs 幸福 vs 自由)
- 学校外の環境をどう考えるか(重要 vs 学校が最優先)
ステップ2: 価値観の優先順位づけ
書き出した価値観に、優先順位をつける。すべての価値観を同時に満たす環境は存在しないため、何を最優先するかを決める。
優先順位づけの方法:
- 書き出した価値観を、「絶対に譲れない」「重要」「あれば良い」の三つに分類する
- 「絶対に譲れない」価値観を3つから5つに絞る
- これらの優先順位の高い価値観を、環境選択の主要基準とする
ステップ3: 価値観マップの作成
価値観を視覚化する。以下のような軸でマッピングする。
軸の例:
- 横軸: 効率性重視 ←→ ゆとり重視
- 縦軸: 個人主義 ←→ コミュニティ重視
この2軸のマップ上に、自分たちの理想の位置をプロットする。さらに、検討している移住先の環境が、どの位置にあるかをプロットし、自分たちの価値観との距離を視覚的に確認する。

ステップ4: 家族内での対話
家族で移住する場合、家族全員の価値観を共有することが重要である。以下の方法で対話する。
- 各家族メンバーが個別に価値観マップを作成する
- それぞれの価値観マップを共有し、違いを確認する
- 家族全体として優先する価値観を合意する
- 価値観の違いがある場合、どうバランスを取るかを話し合う
例えば、親は「ゆとり」を重視するが、子どもは「友人との関係」を重視する場合、両方を満たす環境(ゆとりがあり、かつ子どもが友人を作りやすい環境)を探す。
ステップ5: 価値観の変容可能性の認識
価値観マップは、移住前の価値観を明確化するツールであるが、同時に「価値観は変容する」ことを認識することも重要である。
環境移住の循環モデルで示したように、新しい環境での生活を通じて、価値観は変化する。移住前に「効率性重視」だった価値観が、移住後に「ゆとり重視」に変化する可能性がある。
したがって、価値観マップは固定的な「答え」ではなく、環境選択の「出発点」として捉える。移住後、定期的に価値観マップを更新し、価値観の変化を確認することが推奨される。
7-3. 長期視点の環境選択フレーム
環境移住では、短期的な利便性ではなく、長期的な価値観形成を重視する。しかし、短期的条件を完全に無視することもできない。本節では、短期と長期のバランスを取る環境選択フレームを提示する。
フレーム1: 「現在の最適化」vs「未来からの逆算」
従来の移住は、「現在の条件を最適化する」アプローチが中心であった。現在の仕事、現在の教育ニーズ、現在の利便性を基準として環境を選ぶ。
環境移住では、「未来からの逆算」アプローチを追加する。「5年後、10年後、自分たちはどのような人間になっていたいか」「どのような価値観を持っていたいか」を想像し、その未来を実現する環境を選ぶ。
具体的な問い:
- 5年後、子どもにどのような価値観を持っていてほしいか
- 10年後、自分はどのような生き方をしていたいか
- この環境で5年間生活したら、自分の時間の使い方はどう変わるか
- この環境で育った子どもは、どのような大人になるか
このアプローチでは、現在の利便性を犠牲にしても、長期的な価値観形成を優先する場合がある。例えば、現在は車社会の方が便利だが、長期的には徒歩中心の街で生活することで、身体的健康、環境への配慮、街との関わりといった価値観が育まれる可能性がある。
フレーム2: 「機能的条件」と「環境の質」のバランス
環境選択では、機能的条件(教育制度、仕事環境、インフラ、治安)と環境の質(文化、時間感覚、美意識、コミュニティ)の両方を評価する。
以下のマトリクスで整理する。
| 環境の質が高い | 環境の質が低い | |
|---|---|---|
| 機能的条件が良い | 理想的(両方満たす) | 機能優先(環境の質を犠牲) |
| 機能的条件が悪い | 質優先(機能を犠牲) | 避けるべき(両方満たさない) |

理想的な選択: 機能的条件も環境の質も高い環境を選ぶ。例えば、インフラが整い、治安が良く、かつ時間感覚がゆったりとしており、美しい街並みがある環境。
質優先の選択: 機能的条件は完璧ではないが、環境の質が高い環境を選ぶ。例えば、インフラは都会ほど整っていないが、コミュニティが温かく、季節感が豊かな田舎。この選択は、長期的な幸福を優先する場合に有効。
機能優先の選択: 環境の質は低いが、機能的条件が良い環境を選ぶ。例えば、仕事の機会は豊富だが、時間感覚が忙しく、コミュニティが希薄な大都市。この選択は、短期的な経済的成功を優先する場合に有効だが、長期的な幸福は得られにくい。
環境移住の視点では、「質優先の選択」が推奨される。機能的条件は、ある程度の工夫で補えるが(例: オンライン教育、リモートワーク、医療保険)、環境の質は代替が困難である。
フレーム3: 「適応コスト」の評価
新しい環境に適応するには、時間と労力がかかる。この「適応コスト」を事前に評価し、受け入れられるかを判断する。
適応コストの要因:
- 言語習得: 現地語を学ぶ時間と労力
- 文化的葛藤: 既存の価値観と新しい環境の価値観の葛藤を乗り越える労力
- 社会的ネットワークの再構築: 新しい人間関係を築く時間と労力
- 経済的コスト: 移住費用、生活費の変化、収入の変化
- 心理的ストレス: 不確実性、孤独感、文化的ショック
適応コストが高すぎる環境は、長期的な幸福につながらない。自分たちが受け入れられる適応コストの範囲を見極めることが重要である。
フレーム4: 「試行期間」の設定
環境移住では、一度きりの選択ではなく、循環的プロセスとして捉える。したがって、最初から永住を決めるのではなく、「試行期間」を設定することが推奨される。
試行期間の設定方法:
- 最初の1年から2年を「試行期間」として設定する
- 試行期間中は、環境との相互作用を意識的に観察する
- 価値観の変化、適応の進行度、家族全体の幸福度を定期的に評価する
- 試行期間終了後、継続するか、次の環境を探すかを決定する
試行期間を設定することで、「この選択が正しかったか」というプレッシャーを軽減し、柔軟な意思決定が可能になる。
7-4. 移住前の調査と準備
環境移住を成功させるためには、移住前の調査と準備が重要である。特に、社会文化的環境と価値観・世界観は、インターネットの情報だけでは把握できない。本節では、具体的な調査と準備の方法を提示する。
調査方法1: 短期滞在による体験
移住前に、候補地に短期滞在し、環境を体験することが最も有効である。
短期滞在の方法:
- 期間: 最低2週間、理想的には1ヶ月以上
- 滞在方法: ホテルではなく、アパートやAirbnbを借りて「生活者」として滞在する
観察ポイント:
- 朝市やスーパーで買い物をし、地元の人々の行動を観察する
- カフェやレストランで食事をし、時間の流れを体験する
- 公共交通機関を利用し、人々の振る舞いを観察する
- 公園や広場で過ごし、コミュニティの雰囲気を感じる
- 学校や教育施設を訪問し(可能であれば)、教育環境を確認する
- 季節ごとに訪問し(複数回訪問が理想)、季節による変化を確認する
短期滞在での問い:
- この環境で毎日生活することを想像できるか
- この環境の時間感覚は心地よいか
- 人々の距離感は自分たちに合っているか
- この環境で子どもは幸せに育つか
- 自分たちの価値観と調和しているか
調査方法2: 現地の人々との対話
現地に住む人々、特に移住者と対話することで、リアルな情報を得る。
対話の相手:
- 現地の移住者: 同じような背景(国籍、家族構成、職業)を持つ移住者を探し、経験を聞く
- 現地の住民: 可能であれば、現地の住民と会話し、地域の文化や価値観を理解する
- 教育関係者: 学校の教師、保護者と話し、教育環境を理解する(子どもがいる場合)
対話で聞くべきこと:
- この地域で生活する上での魅力と課題
- 文化的適応で苦労したこと
- 子どもの適応プロセス(子どもがいる場合)
- 価値観の変化(移住前と移住後で何が変わったか)
- 移住を後悔しているか、満足しているか
調査方法3: オンラインコミュニティの活用
移住前に、オンラインで情報を収集する。
活用すべきリソース:
- 移住者コミュニティ: FacebookグループやRedditなどで、現地の移住者コミュニティを探す
- ブログや動画: 現地に住む移住者のブログやYouTubeチャンネルを見て、リアルな生活を知る
- 地域の情報サイト: 現地の行政サイト、観光サイトで、イベント、施設、サービスを確認する
オンライン情報の限界: 社会文化的環境や価値観・世界観は、オンライン情報だけでは理解できない。オンライン情報は「入口」として活用し、実際の短期滞在と対話で深める。
準備方法1: 言語学習
移住前に、現地語の基礎を学ぶことが強く推奨される。
言語学習の目標:
- 基礎的なコミュニケーション: 挨拶、買い物、レストランでの注文ができるレベル
- 文法と語彙の基礎: 移住後の学習をスムーズにするための基盤
- 文化的理解: 言語学習を通じて、文化や価値観の一端を理解する
言語ができなくても移住は可能だが、言語ができることで、適応が大幅に加速し、環境との相互作用が深まる。
準備方法2: 経済的準備
移住には、経済的コストがかかる。以下を準備する。
- 移住費用: 引っ越し費用、ビザ取得費用、初期の住居費用
- 生活費の見積もり: 移住先での生活費を調査し、6ヶ月から1年分の貯蓄を準備する
- 収入源の確保: リモートワーク、現地での仕事、フリーランス業務など、収入源を確保する
経済的不安は、適応を困難にする。十分な経済的準備をすることで、心理的余裕を持って環境との相互作用に集中できる。
準備方法3: 家族の合意形成
家族で移住する場合、全員の合意を得ることが重要である。
合意形成のプロセス:
- 移住の目的を家族全員で共有する
- 各家族メンバーの不安や期待を聞く
- 移住先を一緒に訪問し、全員で体験する
- 移住後の生活を具体的に想像し、話し合う
- 最終的な決定を、全員の合意の上で行う
家族の一部が移住に反対している場合、移住後の適応が困難になる。時間をかけて対話し、全員が納得した上で移住することが推奨される。
7-5. 移住後の適応プロセスを支援する方法
移住後の適応プロセスを支援するための方法を提示する。
方法1: 環境との意識的な相互作用
移住後、環境との相互作用を意識的に行う。
具体的な実践:
- 日常的実践への参加: 朝市に行く、挨拶をする、地元のイベントに参加する
- 観察と記録: 環境要因と自分の反応を観察し、記録する(日記、写真、メモ)
- 価値観の変化を認識する: 「以前はこう思っていたが、今はこう感じる」という変化を意識する
意識的に環境と相互作用することで、適応が加速し、価値観変容のプロセスが深まる。
方法2: 言語学習の継続
移住後も、言語学習を継続する。
学習方法:
- 語学学校に通う
- 言語交換パートナーを見つける
- 現地のメディア(新聞、ラジオ、テレビ)を利用する
- 地元の人々と積極的に会話する
言語能力が向上すると、環境との相互作用が深まり、文化的理解が進む。
方法3: コミュニティへの参加
地域コミュニティに参加することで、Place Attachmentが形成される。
参加の方法:
- 地域のイベントや祭りに参加する
- ボランティア活動に参加する
- スポーツクラブや趣味のグループに参加する
- 子どもの学校の保護者会に参加する(子どもがいる場合)
コミュニティへの参加は、単なる社交ではなく、環境への愛着と価値観の定着を促進する。
方法4: 文化的葛藤の受容
適応プロセスでは、文化的葛藤が必ず生じる。この葛藤を否定するのではなく、受容することが重要である。
葛藤への対処:
- 葛藤を「適応の証」として捉える
- 葛藤を家族や友人と共有し、孤立しない
- 既存の価値観と新しい価値観の統合を試みる
- 時間をかけて葛藤を乗り越える
文化的葛藤は、価値観変容の契機である。葛藤を経験することで、ハビトゥスの再構築が進む。
方法5: 定期的な振り返り
移住後、定期的に環境との相互作用と価値観の変化を振り返る。
振り返りの方法:
- 3ヶ月ごと、または6ヶ月ごとに、価値観マップを更新する
- 「移住前と比べて何が変わったか」を記録する
- 家族全員で移住生活について話し合う
- 必要に応じて、環境選択を再評価する
振り返りを通じて、価値観変容のプロセスを可視化し、次の環境選択の基準を明確化する。
本章で提示した実践的方法論は、環境移住という視点を具体化し、実行可能にするためのツールである。これらの方法は、移住を検討する個人・家族、移住支援を行う組織、政策立案者に対して、実践的な指針を提供する。
第8章 比較分析
本章では、環境移住の視点を既存の主要な移住形態—教育移住、ノマド移住、ライフスタイル移住、田園回帰—と比較する。この比較を通じて、環境移住の独自性と包括性、そして既存研究への貢献を明らかにする。重要なのは、環境移住は既存の移住形態を否定するものではなく、それらを分析・評価するためのメタ的な視点(上位概念)として機能するという点である。
8-1. 教育移住との比較
教育移住の特徴と課題
教育移住は、子どもの教育機会を主目的とした移住であり、近年、アジアを中心に急速に増加している。代表的な事例として、マレーシアやシンガポールへの母子留学、欧米への家族移住、インターナショナルスクールへのアクセスを目的とした都市間移住などがある。
教育移住の主な動機は以下の通りである。
- 語学力の獲得: 英語やその他の言語を習得させたい。
- 国際的な教育環境: 多文化的な環境で学ばせたい。
- 教育システムの違い: 詰め込み教育ではなく、創造性や批判的思考を重視する教育を受けさせたい。
- 大学進学の優位性: 海外の大学への進学を視野に入れている。
既存の教育移住研究(Waters, 2006; Brooks & Waters, 2011)は、これらの動機と、移住の社会経済的要因を明らかにしてきた。しかし、同時に以下のような課題も指摘されている。
- 母親の文化的孤立: 母子留学の場合、母親は言語や文化の壁により孤立しやすい。
- 家族の分離: 父親が日本に残る場合、家族の絆が弱まるリスクがある。
- 教育成果の不確実性: 期待した教育成果が得られるかどうかは不確実である。
- 子どもの適応の困難: 言語や文化の違いにより、子どもが適応に苦労することもある。
- アイデンティティの問題: どの国にも完全には属さない「第三文化の子ども(Third Culture Kids)」としてのアイデンティティの問題。
環境移住の視点からの再評価
環境移住の視点は、教育移住を以下の三つの側面から補完・深化させる。
1. 環境全体を教育資源として評価する
従来の教育移住では、「学校」が最優先の評価対象であった。カリキュラム、教師の質、進学実績、使用言語などが主な評価基準である。環境移住の視点は、これらを否定せず、さらに以下を追加する。
- 学校外環境: 街並み、朝市、公園、美術館、図書館、地域コミュニティなども教育資源として捉える。子どもは学校だけでなく、日常生活のあらゆる場面で学んでいる。
- 暗黙のカリキュラム: 社会の暗黙のルール、時間感覚、人間関係の距離感、食文化なども、子どもの価値観形成に影響を与える重要な「カリキュラム」である。
- 季節感と自然: 季節の移り変わり、自然との触れ合いも、子どもの感性と価値観を育む教育的要素である。
例えば、エクサンプロヴァンスの朝市は、生産者との会話、季節の食材の選択、地産地消の価値観、フランス語の実践的学習など、多様な学びの機会を提供する。これらは学校のカリキュラムには含まれないが、子どもの価値観形成には極めて重要である。
2. 母親(および家族全員)の幸福と適応を重視する
教育移住では、子どもの教育が最優先され、母親の幸福が二の次にされることが多い。しかし、母親が孤立し、不幸である場合、家族全体に負の影響が及ぶ。環境移住の視点は、母親自身が新たな文化資本を獲得し、地域コミュニティに参加し、幸福を感じられる環境かどうかを評価する。
具体的には、以下を評価する。
- 母親が参加できるコミュニティや活動があるか(語学学校、趣味のグループ、ボランティア)。
- 母親が友人を作りやすい環境か(対人距離感、挨拶の文化)。
- 母親が自分の時間を持てるか(子どもの学校のサポート体制)。
- 母親自身のキャリアや自己実現の機会があるか(リモートワーク、現地での仕事)。
環境移住の視点では、「家族全員が幸福である」ことが、持続可能な移住の前提条件である。
3. 長期的な価値観形成を考慮する
教育移住では、短期的な教育成果(語学力、成績、進学実績)に焦点が当たりがちである。環境移住の視点は、10年後、20年後の子どもがどのような価値観を持つ人間になるかを視野に入れる。
- どのような人間関係の築き方を学ぶか。
- 時間やお金に対してどのような感覚を持つか。
- 自然や美、食に対してどのような感受性を持つか。
- 多様性や異文化に対してどのような態度を持つか。
これらは学校の成績には現れないが、人生の豊かさと幸福を決定する重要な要素である。
事例: マレーシア母子留学の環境移住的評価
マレーシアは、安価な教育費、英語環境、温暖な気候、治安の良さから、日本人の教育移住先として人気がある。従来の評価では、インターナショナルスクールの質と費用が主要な判断基準であった。
環境移住の視点からは、以下の追加評価が可能になる。
| 評価レイヤー | 評価項目 | マレーシア(クアラルンプール)の例 |
|---|---|---|
| レイヤー1 物理環境 | 気候・自然 都市環境 インフラ | 熱帯気候(年中高温)、都市化が進む、公共交通は限定的、医療・教育インフラは充実 |
| レイヤー2 社会文化 | 時間感覚 対人距離感 食文化 多文化性 | ゆったりとした時間感覚(東南アジア的)、フレンドリーで温かい対人関係、多様な食文化(マレー、中華、インド)、多民族・多宗教の共生 |
| レイヤー3 価値観 | ワークライフバランス 家族観 宗教性 | 家族との時間を重視、宗教(イスラム、仏教、ヒンドゥー)が日常に組み込まれる、消費社会の側面も強い |
この評価により、マレーシアが単に「安い英語教育」の場ではなく、多文化共生、家族重視、ゆったりとした時間感覚といった価値観を育む環境であることが理解できる。一方で、季節感の欠如、自然環境の限定性、消費主義の強さといった側面も考慮する必要がある。
8-2. ノマド移住との比較
ノマド移住の特徴と課題
デジタルノマド移住は、リモートワークを活用し、短期間(数週間〜数ヶ月)で複数の都市や国を移動しながら生活する形態である。2010年代以降、デジタル技術の発展とともに急速に増加した。
ノマド移住の主な動機と特徴は以下の通りである。
- 自由と柔軟性: 一つの場所に縛られない自由な生き方。
- コスト最適化: 生活費の安い地域での生活により、経済的余裕を得る。
- 多様な経験: 異なる文化や環境を経験する。
- 働き方の自律性: 自分のペースで働き、生活する。
ノマド移住では、以下の機能的条件が重視される。
- WiFiの質と速度
- コワーキングスペースの有無
- 生活費(家賃、食費)
- ビザの取得しやすさ
- 安全性
- ノマドコミュニティの存在
しかし、ノマド移住には以下のような課題も指摘されている。
- 環境との関係の浅さ: 短期間の滞在では、表層的な理解に留まりがちである。
- コミュニティの希薄さ: 深い人間関係を築くことが困難である。
- 孤独感: 移動を繰り返すことで、帰属感が持てず、孤独を感じることがある。
- 持続可能性の疑問: 長期的に続けられるのか、いつまで続けるのかという問い。
環境移住の視点からの再評価
環境移住の視点は、ノマド移住を以下の側面から補完・深化させる。
1. 環境の質を機能性を超えて評価する
ノマド移住では、WiFiとコストが最優先されがちである。環境移住の視点は、機能的条件に加えて、環境の質—文化、価値観、コミュニティ、美意識—を評価することを促す。
例えば、バリ島はノマドの人気目的地であるが、その魅力はWiFiの質だけではない。ヒンドゥー文化、寺院と祭りの豊富さ、ゆったりとした時間感覚、自然との近接性、ヨガやウェルネスの文化—これらが、ノマドを惹きつける真の要因である。環境移住の視点は、これらの環境要因を意識化し、評価可能にする。
2. 短期滞在から長期滞在への移行
ノマド移住は本質的に短期滞在であるが、特定の場所に深く惹かれ、より長い期間(1年以上)滞在したいと感じることがある。環境移住の視点は、この移行を促進する。
短期滞在では、観光客的な視点に留まる。しかし、1年以上滞在することで、環境との深い相互作用が生まれ、価値観の変容が始まる。環境移住の循環モデルは、この移行を意識化し、促進するための枠組みを提供する。
3. 地域コミュニティへの参加
ノマドは、他のノマドとのネットワーク(コワーキングスペース、Meetup、Facebookグループ)に依存しがちである。これは情報交換には有用だが、現地の文化や価値観を理解する機会は限定的である。
環境移住の視点は、地域コミュニティへの参加を促す。朝市に通う、地域のイベントに参加する、語学学校で現地の人と交流する—これらの実践を通じて、環境との相互作用が深まり、より豊かな経験が得られる。
事例: バリ島のノマドの環境移住的評価
| 視点 | ノマド移住的評価 | 環境移住的評価 |
|---|---|---|
| 主な動機 | WiFi、低コスト、ノマドコミュニティ、温暖な気候 | ヒンドゥー文化、ゆったりとした時間、自然との近接性、ウェルネス文化 |
| 滞在期間 | 1-3ヶ月 | 1年以上 |
| コミュニティ | ノマドコミュニティ(国際的) | 地域コミュニティ(バリ人との交流) |
| 文化体験 | 観光的・表層的 | 日常的・深層的(祭りへの参加、寺院への訪問) |
| 価値観変容 | 限定的 | 「急がない」「自然との調和」「精神性」の価値観が内面化 |
この比較により、ノマド移住が環境移住へと深化する可能性が示される。短期滞在を繰り返すのではなく、特定の場所に長期間滞在し、環境との相互作用を深めることで、「どこで働くか」から「どこで生きるか」への質的転換が生まれる。
8-3. ライフスタイル移住との比較
ライフスタイル移住の特徴と理論的課題
ライフスタイル移住は、Benson & O’Reilly(2009)によって概念化された、「生活の質(Quality of Life)」を向上させることを主目的とした移住である。これは経済的動機(より良い仕事、高い収入)ではなく、個人の願望や生活スタイルの選好に基づく移住として、従来の移住研究とは一線を画す。
ライフスタイル移住の主な特徴は以下の通りである。
- 経済的動機の相対化: 収入や仕事よりも、生活の質を優先する。
- 自己実現の追求: より良い生き方、自分らしい生き方を求める。
- アメニティの重視: 気候、自然、文化、レジャー機会などのアメニティを求める。
- 北から南への移動: 多くの事例で、北欧や北米から地中海沿岸やアジアへの移動が見られる。
Benson & O’Reilly(2009)は、ライフスタイル移住を「個人の願望と、より良い生活への探求に動機づけられた、比較的裕福な個人の、恒久的または半恒久的な移動」と定義した。この概念は、移住研究において重要な貢献をした。すなわち、移住を経済的合理性だけで説明することの限界を示し、個人の主体性と生活の質を重視する視点を導入したのである。
しかし、ライフスタイル移住研究には理論的な課題も指摘されている。
- 「生活の質」の定義の曖昧さ: 何が「質の高い生活」を構成するのかが不明確である。
- 価値観変容のメカニズムの欠如: 移住後に価値観がどのように変化するかの理論的説明が不足している。
- 環境要因の体系化の不足: どのような環境要因が生活の質に影響するかが体系化されていない。
- 時間軸の不足: 移住直後の満足と、5年後、10年後の満足が同じとは限らないが、長期的な視点が不足している。
環境移住によるライフスタイル移住の深化
環境移住の視点は、ライフスタイル移住研究の理論的課題を以下の形で補完・深化させる。
1. 「生活の質」要因の明確化と体系化
第4章で詳述した三層モデル(物理的環境・社会文化的環境・価値観と世界観)を用いることで、「生活の質」を構成する要因を体系的に整理できる。これにより、曖昧だった「生活の質」が、評価可能で議論可能な概念となる。南フランスの例では、地中海性気候や歴史的景観(物理層)、ゆったりとした時間感覚や朝市文化(社会文化層)、Art de vivreの重視(価値観層)が相互に作用し、総体として「生活の質」を形成している。
2. 環境と価値観の循環モデルの導入
ライフスタイル移住研究では、移住の動機(より良い生活を求める)と結果(満足度)に焦点が当たるが、そのプロセスは十分に理論化されていない。第4章で提示した環境と価値観の循環モデル(価値観に基づく環境選択→環境との相互作用→文化資本の獲得→ハビトゥスの再構築→次の環境選択)は、このプロセスを動的に捉え、移住を一度限りの選択ではなく、継続的な循環プロセスとして理解する枠組みを提供する。
3. 理論的基盤の強化
ライフスタイル移住研究は、主に経験的な記述研究であり、強固な理論的基盤に欠ける傾向があった。環境移住は、ブルデューの文化資本論とハビトゥス、および環境心理学のPlace Attachment理論を統合することで、理論的基盤を強化する。
ブルデューの理論は、「なぜ特定の階層の人々が特定の場所を選ぶのか」「環境がどのように文化資本を形成するのか」を説明する。Place Attachment理論は、「なぜ人々は特定の場所に愛着を持つのか」「愛着形成のメカニズムは何か」を説明する。これらの理論統合により、ライフスタイル移住の深層的なメカニズムが理解できる。
比較表: ライフスタイル移住 vs 環境移住
| 側面 | ライフスタイル移住 | 環境移住 |
|---|---|---|
| 主な焦点 | 生活の質(QoL)の向上 | 長期的な価値観形成 |
| 環境の捉え方 | アメニティの集合 | 価値観形成の力を持つ包括的概念 |
| 時間軸 | 移住時点の満足 | 5-10年の長期的変容 |
| プロセス | 静的(選択→満足/不満足) | 動的(選択→相互作用→変容→次の選択の循環) |
| 理論的基盤 | 経験的記述が中心 | ブルデュー理論+Place Attachment理論の統合 |
| 環境要因 | 断片的・個別的 | 三層モデルで体系化 |
| 価値観 | 固定的(既存の価値観に基づく選択) | 変容的(環境との相互作用で変容) |
この比較から明らかなように、環境移住はライフスタイル移住を包含しつつ、理論的・概念的に深化させる視点である。ライフスタイル移住が提起した重要な問い—「より良く生きるとは何か」—に対して、環境移住はより体系的で理論的に洗練された答えを提供する。
8-4. 田園回帰との比較
田園回帰の特徴と日本的文脈
田園回帰は、日本における重要な移住現象であり、都市住民が農山村地域へ移住する動きを指す。小田切徳美(2014)や藤山浩(2015)らの研究により、2010年代以降、若年層を中心とした田園回帰の増加が報告されている。
田園回帰の主な特徴は以下の通りである。
- 都市価値観からの転換: 効率、スピード、経済的成功を重視する都市的価値観から、ゆとり、自然との共生、関係性を重視する農村的価値観への転換。
- 若年層の増加: 従来のUターン(故郷への帰還)やリタイア後の移住ではなく、20-30代の若者の自発的な移住が増加している。
- 多様な動機: 農業、起業、子育て、環境保全、ライフスタイルなど、動機は多様である。
- 地域再生との結びつき: 田園回帰は、過疎化する農山村の再生という政策的文脈とも結びついている。
田園回帰研究は、都市と農村の対比、都市住民の意識変化、地域受け入れ側の課題などを明らかにしてきた。しかし、理論的には以下の課題が残されている。
- 価値観転換のメカニズムの不明確さ: なぜ・どのように都市的価値観が農村的価値観へと変容するのか、そのメカニズムが十分に理論化されていない。
- 環境要因の分析の不足: 農村環境のどの要素が価値観変容に影響するのかが、体系的に分析されていない。
- 国際的視点の欠如: 田園回帰は日本固有の現象ではなく、欧米でもCounter-urbanization、néoruralisme(フランス)などとして研究されているが、国際比較が不足している。
環境移住による田園回帰の理論化
環境移住の視点は、田園回帰研究に以下の貢献をする。
1. 価値観転換のメカニズムの理論化
環境移住の循環モデルとハビトゥスの再構築の概念は、なぜ都市価値観が農村環境で変容するかを理論的に説明する。
都市で形成されたハビトゥス(効率重視、時間厳守、生産性)は、農村環境では「機能しない」。農業は自然のリズムに従うものであり、効率だけでは成り立たない。地域コミュニティは関係性を重視し、時間よりも「今、目の前の人」を大切にする。こうした環境との日常的相互作用を通じて、新たな身体化された文化資本(ゆっくりとした時間感覚、自然との共生、関係性の重視)が獲得され、ハビトゥスが再構築される。
このプロセスは、意識的な努力というよりも、環境が人を「教育する」プロセスである。農村環境が、新しい実践を促し、新しい価値観を内面化させる。
2. 環境要因の体系的分析
環境移住の三層モデルは、農村環境の特性を体系的に分析することを可能にする。
農村環境の三層分析の例:
- レイヤー1(物理): 自然環境(山、川、田畑)、低い人口密度、静寂、星空、新鮮な空気。
- レイヤー2(社会文化): ゆったりとした時間感覚、地域行事(祭り、共同作業)、顔の見える関係性、相互扶助の文化、季節感の強さ。
- レイヤー3(価値観): 自然との共生、持続可能性、関係性重視、伝統の尊重、「足るを知る」精神。
これら三層が相互に作用し、都市環境とは根本的に異なる価値観形成の力を持つ。
3. 国際的視点への拡張
環境移住の視点は、日本の田園回帰を国際的な文脈に位置づけることを可能にする。欧米のCounter-urbanization、フランスのnéoruralisme(新農村主義)、イタリアのSlow City運動などは、いずれも都市から農村への移住と価値観転換を伴う現象である。
環境移住の枠組みを用いることで、これらの現象を比較分析し、共通点と相違点を明らかにできる。例えば、フランスのnéoruralismeは、プロヴァンスやブルターニュなどの特定地域への移住を伴い、地産地消、スローライフ、芸術文化への関心といった価値観転換が見られる。これは日本の田園回帰と多くの共通点を持つが、歴史的・文化的背景の違いも存在する。
4. 循環モデルの適用
田園回帰を一度限りの移動ではなく、循環プロセスとして捉えることで、新たな問いが生まれる。
- 農村環境で再構築された価値観は、次の環境選択にどう影響するか?
- 農村に定住するのか(パターンA: 継続)、さらに別の環境へ移動するのか(パターンB: 移動)?
- 都市と農村を往還する「二地域居住」は、どのような価値観を形成するか?
これらの問いは、田園回帰研究を深化させる新たな研究方向を示唆する。
8-5. 環境移住の独自性と包括性
環境移住の独自性
以上の比較分析から、環境移住の独自性は以下の三点にまとめられる。
1. 分析視角としての性格
環境移住は、移住の新しい「類型」ではない。むしろ、既存の移住形態を分析・評価するためのメタ的な視点(上位概念)である。教育移住、ノマド移住、ライフスタイル移住、田園回帰—これらすべてを、環境移住の枠組みで分析できる。
2. 「環境そのもの」を核心とする
既存の移住形態では、環境は「条件」や「アメニティ」として扱われる。環境移住では、環境そのものが価値観を形成する力を持つ主体的な要素として捉えられる。環境は単なる背景ではなく、人格形成の教師である。
3. 長期的な価値観形成を目的とする
既存の移住形態では、短期的な目標(教育機会、仕事、生活費)が重視される。環境移住では、5年後、10年後の自分や家族がどのような価値観を持つ人間になるかが、最も重要な判断基準である。
環境移住の包括性
環境移住は、以下の意味で包括的な枠組みである。
1. 既存の移住形態を包含する
環境移住の視点を適用することで、教育移住は「教育環境移住」として、ノマド移住は「短期的環境探索」として、ライフスタイル移住は「生活の質を重視する環境移住」として、田園回帰は「農村環境への価値観転換を伴う移住」として、それぞれ再解釈される。これらは互いに排他的ではなく、環境移住という包括的概念の下に統合される。
2. 多様な移住者に適用可能
環境移住の枠組みは、特定の移住者(例えば富裕層、リタイア層、若者)に限定されない。家族移住、単身移住、高齢者の移住、難民の定住など、多様な移住形態に適用可能である。重要なのは、環境と価値観の相互作用という普遍的なプロセスである。
3. 多様な地域・文化に適用可能
環境移住の枠組みは、特定の地域(例えば地中海沿岸)や文化(例えば西洋)に限定されない。アジア、アフリカ、南米、中東など、世界のあらゆる地域に適用可能である。文化的背景が異なっても、環境と価値観の循環プロセスという普遍性は維持される。
実践的価値
環境移住の視点は、理論的貢献だけでなく、実践的価値も持つ。
- 移住検討者への指針: 環境と価値観の循環モデルは、移住を検討する個人・家族に対して、より包括的で長期的な視点を提供する。
- 移住支援組織への示唆: 移住支援を行う自治体やNPOに対して、機能的条件だけでなく、環境の質と価値観形成への配慮を促す。
- 政策への示唆: 移住促進政策において、補助金や住宅支援だけでなく、環境の質の向上(文化イベント、コミュニティの活性化、公共空間の整備)の重要性を示す。
本章の比較分析により、環境移住が既存の移住研究を補完・統合し、深化させる理論的枠組みであることが示された。次章では、これらの理論的・実践的貢献を総括し、今後の課題を議論する。
第9章 考察
本章では、第1章から第8章で構築・検証してきた環境移住の理論的枠組みを総合的に考察する。第1節では学術的な理論的貢献を論じ、第2節では実践的含意を検討し、第3節では社会的意義を議論し、第4節では研究の限界と今後の課題を示す。
9-1. 理論的貢献
本研究の主要な理論的貢献は、環境移住(Environment-Oriented Migration)という新たな概念的視点を提唱し、その理論的枠組みを構築したことである。この貢献は、四つの側面から整理できる。
貢献1: 移住研究における時間軸の拡張
既存の移住研究の多くは、移住前の動機や意思決定プロセス、移住直後の初期適応に焦点を当ててきた。しかし本研究は、移住後の価値観変容プロセスを時間軸で捉え、環境との循環的相互作用を理論化した。本研究の事例分析では、環境との適合性が高い場合、半年から1年で大きな変化が完了することが確認された。
具体的には、第4章で提示した「時間軸に沿った価値観変容の5段階モデル」(初期適応期、文化的理解期、価値観変容期、価値観定着期、統合期)により、移住を一回限りのイベントではなく、継続的・動的プロセスとして捉え直した。この時間軸の拡張により、移住研究の分析対象が「移住の決定と初期適応」から「長期的な人格形成と価値観の再構築」へと広がった。
この貢献は、ライフコース研究(Life Course Research)や発達心理学との接続可能性を開くものである。移住を、人生の一時点の出来事ではなく、ライフコース全体に影響を与える転機(turning point)として捉える視点は、今後の移住研究の新たな方向性を示している。
貢献2: 環境と価値観の循環モデルの構築
本研究の中核をなす理論的貢献は、環境と価値観の循環的相互作用を説明するモデルの構築である。第4章で提示した「環境と価値観の循環モデル」は、以下の5段階から構成される。
- 価値観に基づく環境選択
- 環境との日常的相互作用
- 新たな文化資本の獲得
- ハビトゥスの再構築
- 再構築されたハビトゥスに基づく次の環境選択
このモデルの理論的重要性は、「構造と能動性(structure and agency)」という社会学の古典的問題に新たな視点を提供することにある。従来の移住研究は、移住を能動的選択(agency)として捉えるか、構造的制約(structure)によって規定されるものとして捉えるかの二項対立に陥りがちであった。
本研究の循環モデルは、この二項対立を超える。移住者は能動的に環境を選択するが(agency)、選択された環境が価値観を形成し(structure)、その新たな価値観が次の選択を規定する(agency)。この循環的プロセスにおいて、能動性と構造は対立するのではなく、弁証法的に統合される。ブルデュー(Bourdieu, 1990)が提唱した「ハビトゥス」概念が、まさにこの弁証法を説明するものであり、本研究はそれを移住研究に応用し、循環モデルとして明示化した。
貢献3: 包括的環境概念の理論化
本研究の第三の理論的貢献は、「環境」という概念を三層構造として体系的に理論化したことである。既存の移住研究では、環境は断片的に扱われてきた。気候や治安といった物理的条件、経済機会や教育制度といった制度的要因、あるいは「生活の質」という曖昧な概念として言及されるにとどまっていた。
本研究は、第4章で詳述した「環境の三層モデル」(物理的環境、社会文化的環境、価値観と世界観)を構築し、これらを相互関係を持つシステムとして体系化した。この包括的環境概念により、従来の移住研究で断片的に扱われてきた環境要因を統合的に理解することが可能となった。
この包括的環境概念は、環境決定論(environmental determinism)と文化相対主義(cultural relativism)の間の中道を示している。環境が人々の価値観を規定する力を持つことを認めつつ(環境の影響)、同時に人々が能動的に環境を選択し、解釈し、変容させる力も認める(人間の能動性)。
貢献4: 学際的理論統合
本研究の第四の理論的貢献は、社会学(ブルデューの文化資本論とハビトゥス概念)と環境心理学(Place Attachment理論)を統合し、学際的な理論的枠組みを構築したことである。
ブルデューの理論は、文化資本とハビトゥスの再生産を説明するが、移住という文脈での環境との相互作用や、場所への愛着という心理的側面については十分に扱っていない。一方、環境心理学のPlace Attachment理論は、人と場所の感情的絆を説明するが、社会階級や文化資本といった社会学的要因については不十分である。
本研究は、この二つの理論を統合することで、より包括的な枠組みを提供した。ハビトゥスの再構築プロセスにおいて、Place Attachmentが価値観の定着を促進するメカニズムを明らかにした。環境で獲得された文化資本(ブルデューの概念)が、場所への愛着(環境心理学の概念)を通じてアイデンティティの一部となり、ハビトゥスとして内面化される。
この学際的統合は、今後の移住研究が、社会学、心理学、地理学、人類学といった複数の学問領域を横断する必要性を示している。移住という現象は、単一の学問領域では十分に理解できない複合的・多層的プロセスである。
9-2. 実践的含意
環境移住の理論的枠組みは、学術的貢献だけでなく、実践的な含意も持つ。本節では、移住検討者、支援組織、政策立案者に対する実践的示唆を論じる。
含意1: 移住意思決定の枠組みの転換
従来の移住の意思決定は、「条件のチェックリスト」方式で行われることが多かった。家賃、学校の評判、治安、交通の便、病院の有無といった項目を列挙し、それぞれを評価し、総合点で決定する。この方式は実用的である一方、以下の限界がある。
- 環境を断片化し、全体性を見失う
- 機能的条件に偏り、文化的・価値観的要因を軽視する
- 短期的な利便性を優先し、長期的な価値観形成を見落とす
- 家族全員の幸福ではなく、特定の目的(子どもの教育、仕事)を優先する
本研究が提案する環境移住の枠組みは、意思決定を以下のように転換する。
条件の評価 → 環境全体の質の評価
個別の条件ではなく、第4章で提示した三層モデルを用いて環境全体を統合的に評価する。物理的環境、社会文化的環境、価値観・世界観の相互関係を理解した上で、自分たちの価値観と調和する環境を選ぶ。
現在の最適化 → 未来からの逆算
「今、何が便利か」ではなく、「5年後、10年後、どんな人間になりたいか」という長期的視点から環境を選ぶ。価値観マップ(第7章)を用いて、現在の価値観を明確にし、望ましい未来の価値観を想像し、それを実現する環境を逆算して選ぶ。
個人の利益 → 家族全体の幸福
子どもの教育や自分の仕事だけでなく、家族全員(配偶者、子ども、場合によっては高齢の親)の幸福と適応を考慮する。誰かが犠牲になる移住は持続可能ではない。
含意2: 適応プロセスの理解と段階的支援
本研究の時間軸に沿った価値観変容の5段階モデルは、移住後の適応プロセスを理解し、段階に応じた支援を提供するための枠組みを提供する。
初期適応期(0-6ヶ月): 実務的サポート(住居、銀行、携帯電話)、言語学習の機会提供、初期の孤立感への対処が重要。
文化的理解期(6ヶ月-1年): 文化的イベントへの参加促進、現地の友人作りの支援、文化的背景を学ぶ機会の提供。
価値観変容期(1-2年): アイデンティティの葛藤への理解と支援、家族での対話の促進、他の移住者との経験共有の場。
価値観定着期(2-3年): Place Attachmentの育成、地域コミュニティへの参加促進、長期的な定住への意思決定支援。
統合期(3年以降): コミュニティへの貢献の機会提供、他の新しい移住者の支援、複合的アイデンティティの肯定。
自治体やNPOなどの移住支援組織は、この段階的モデルに基づいて、画一的な支援ではなく、移住者の段階に応じた柔軟な支援を提供することができる。
含意3: 教育移住とノマド移住の再設計
環境移住の視点は、既存の移住形態を再設計するための指針を提供する。
教育移住の再設計:
- 学校だけでなく、学校外環境(朝市、公園、文化施設、地域コミュニティ)を教育資源として評価する
- 母親(および家族全員)の適応と幸福を、子どもの教育と同等に重視する
- 短期的な教育成果(語学力、成績)だけでなく、長期的な価値観形成(人間関係の築き方、時間感覚、美意識)を視野に入れる
ノマド移住の再設計:
- 機能的条件(Wi-Fi、コスト、コワーキングスペース)だけでなく、環境の質(文化、美意識、時間感覚)を評価する
- 短期滞在の積み重ねではなく、一つの場所に長期滞在し、環境と深く相互作用することの価値を再評価する
- 「どこででも働ける自由」から「どんな環境で、どんな人間になるかを選ぶ自由」へと視点を転換する
含意4: 移住支援政策への示唆
自治体や国の移住促進政策に対しても、本研究は重要な示唆を提供する。
補助金だけでは不十分:
多くの自治体は、移住者に対して住宅補助金、起業支援金、子育て支援金などの経済的インセンティブを提供している。これらは重要であるが、本研究が示すように、移住の成功は経済的条件だけでは決まらない。環境の質、特に社会文化的環境と価値観の調和が重要である。
環境の質の向上:
移住促進のためには、補助金よりも、環境の質の向上に投資することが重要である。具体的には、公共空間の整備(広場、公園、歩道)、文化イベントの充実(音楽祭、芸術祭、朝市)、地域コミュニティの活性化(住民同士の交流機会)、歴史的街並みの保全、地産地消の推進などである。
環境と移住者の相互作用の促進:
移住者を単に「受け入れる」のではなく、移住者と地域住民の相互作用を促進する仕組みが必要である。言語交換プログラム、地域行事への参加促進、移住者と地域住民の協働プロジェクト(農業、まちづくり、文化イベント)などが考えられる。
9-3. 社会的意義
環境移住という概念は、学術的・実践的意義を超えて、より広い社会的意義を持つ。本節では、五つの社会的意義を論じる。
意義1: 新しい豊かさの定義
20世紀の豊かさの定義は、主に経済的指標(GDP、所得、消費)によって測定されてきた。しかし21世紀に入り、「幸福」や「ウェルビーイング」といった質的指標への関心が高まっている(World Happiness Report, OECDのBetter Life Index)。
環境移住という概念は、この新しい豊かさの定義を具体化するものである。本研究が示したように、人々は経済的理由だけで移住するのではなく、時間のゆとり、人間関係の豊かさ、美しい環境、季節感、文化的刺激といった質的要因を求めて移住する。これらは、従来の経済的指標では測定できない「豊かさ」の要素である。
環境移住の視点は、「豊かさとは何か」という問いに対して、新たな答えを提供する。豊かさとは、単に「多くを所有すること」ではなく、「質の高い環境の中で、自分らしい価値観を育みながら生きること」である。この視点は、持続可能な社会への転換にも寄与する。
意義2: グローバル化の新しい形
20世紀のグローバル化は、主に経済的グローバル化(貿易、投資、労働移動)であった。21世紀のグローバル化は、ライフスタイルのグローバル化でもある。人々は、国境を越えて、自分の価値観に合った環境を選ぶようになっている。
しかし、このライフスタイル移住は、しばしば「富裕層の特権」として批判される。確かに、経済的余裕のある人々だけが移住できるという不平等は存在する。しかし本研究が示すように、環境移住は必ずしも高額な費用を必要としない。日本国内の田園地域への移住、生活費の安い国への移住など、多様な選択肢がある。
重要なのは、環境移住が「どこに住むか」を選ぶ自由だけでなく、「どんな価値観を持って生きるか」を選ぶ自由でもあるという点である。この自由は、経済的豊かさだけではなく、情報へのアクセス、教育、文化的開放性によっても可能になる。
意義3: 多文化共生の深化
従来の多文化共生論は、「移民をどう受け入れるか」という一方向的な視点が中心であった。しかし環境移住の視点は、双方向的な相互作用を強調する。移住者は環境に適応するだけでなく、環境から学び、環境を変容させる。受け入れ側の地域社会も、移住者との相互作用を通じて、新たな文化資本を獲得し、変容する。
例えば、南フランスに移住した日本人家族は、フランスの文化を学ぶだけでなく、日本の文化(茶道、書道、日本料理)を現地の人々と共有することで、文化的交流を促進する。これは、一方的な同化(assimilation)でも、並存(coexistence)でもなく、相互変容(mutual transformation)である。
この双方向的な多文化共生の視点は、今後の移民政策や地域づくりに重要な示唆を提供する。多様性は脅威ではなく、相互学習と成長の機会として捉え直すことができる。
意義4: 地方創生への質的アプローチ
日本における地方創生政策は、主に量的指標(人口増加、経済成長)に焦点を当ててきた。しかし本研究が示すように、移住の成否は量だけでなく、質—環境の質、相互作用の質、適応の質—に依存する。
環境移住の視点は、地方創生に質的アプローチを導入する。単に「人を増やす」のではなく、「質の高い環境を作り、移住者と地域住民の相互作用を促進し、双方が価値観を豊かにする」という視点である。
この質的アプローチは、人口減少が避けられない地域においても有効である。仮に人口が増えなくても、移住者と地域住民が相互に学び合い、地域の文化と環境を豊かにすることで、持続可能なコミュニティを形成できる。
意義5: 環境と持続可能性への配慮
環境移住は、「環境の質」を中心に置くことで、持続可能性への配慮を促進する。環境の質を重視する移住者は、地産地消、公共交通の利用、自然との調和、歴史的街並みの保全といった持続可能な生活様式を選択する傾向がある。
例えば、本研究のケーススタディで示したエクサンプロヴァンスでは、朝市文化、徒歩中心の生活、地産地消の食文化が、環境負荷の低い生活様式を促進している。移住者がこうした環境を選ぶことは、持続可能性への「投票」でもある。
環境移住の広がりは、経済成長至上主義から、環境の質と持続可能性を重視する社会への転換を促進する可能性を持つ。
9-4. 研究の限界と今後の課題
本研究の限界と今後の課題を、以下の七つの側面から論じる。
限界1: 限定的な事例数
本研究は主に阪口家の事例に基づき、藤澤夫妻の事例を比較参照として用いた。これにより単一事例の限界をある程度克服したが、依然として事例数は限定的であり、今後、より多様な事例を収集し、理論の一般化可能性を高める必要がある。
今後の課題: 複数の地域(アジア、北米、北欧、南米など)、複数の家族構成(単身者、カップル、子ども連れ、高齢者)、複数の移住形態(教育移住、ノマド移住、リタイアメント移住)を対象とした比較事例研究により、理論の精緻化と適用範囲の拡大が必要である。
限界2: 時間的制約
本論文執筆時点(2026年1月)で、移住開始から約9ヶ月しか経過していない。循環モデルの完全な検証、Place Attachmentの完全な形成、価値観変容の長期的影響の観察には、さらに長期的な研究が必要である。
今後の課題: 同一の移住者を10年、20年という長期にわたって追跡する縦断研究(longitudinal study)により、価値観変容の長期的プロセスと、循環モデルの複数サイクルを観察する必要がある。
限界3: 実証データの不足
本研究は理論構築を主目的としており、大規模な実証調査(質問票調査や量的分析)は実施していない。構築された理論の実証的検証は今後の課題である。
今後の課題: 量的調査(アンケート調査)により、環境評価、価値観変容、Place Attachment、適応度、幸福度などを測定し、理論モデルを統計的に検証する必要がある。また、環境要因を測定する尺度の開発も重要な課題である。
限界4: ポジティブバイアスの可能性
自己エスノグラフィーは、研究者自身の主観的経験を分析対象とするため、ポジティブバイアス(移住を肯定的に捉えたいという願望)が影響する可能性がある。本研究では、否定的な経験や葛藤も記録したが、それでもバイアスの完全な排除は困難である。
今後の課題: 移住に「失敗」した事例、移住後に帰国した事例、適応に困難を抱えている事例を含めた研究により、理論の妥当性をバランスよく検証する必要がある。また、移住の「負の側面」(文化的葛藤、経済的困難、家族の分離、アイデンティティの危機)をより詳細に分析することも重要である。
限界5: 文化的・経済的特権の問題
本研究の事例は、リモートワークが可能で、経済的余裕があり、高等教育を受けた家族の移住である。この特権的な立場が、理論の適用範囲を制限する可能性がある。経済的困難を抱える移住者、非自発的移住者、難民といった異なる文脈での適用可能性は未検証である。
今後の課題: 経済的・社会的に多様な背景を持つ移住者を対象とした研究により、理論の普遍性と限界を明らかにする必要がある。特に、「環境を選ぶ自由」そのものが特権であるという批判的視点を組み込むことが重要である。
限界6: 環境要因の測定と操作化
本研究は、環境を三層モデルとして理論化したが、各レイヤーの要因を厳密に測定する尺度は開発していない。特に社会文化的環境(レイヤー2)と価値観・世界観(レイヤー3)は、質的に記述されているが、量的に測定する方法は提示されていない。
今後の課題: 環境要因を測定する尺度の開発が必要である。例えば、「時間感覚尺度」「対人距離感尺度」「食文化重視度尺度」「美意識尺度」などを開発し、異なる地域を定量的に比較可能にする。これにより、「どの環境がどの価値観を形成しやすいか」を実証的に検証できる。
限界7: 因果関係の特定の困難
本研究は、環境と価値観の相互作用を理論化したが、因果関係の方向性を厳密に特定することは困難である。価値観の変化が環境によるものなのか、年齢や人生段階による自然な変化なのか、他の要因(読書、対話、メディア)によるものなのかを分離することは難しい。
今後の課題: 実験的デザイン(例えば、移住者と非移住者の比較、異なる環境への移住者の比較)や、統計的手法(重回帰分析、構造方程式モデリング)により、因果関係をより厳密に検証する必要がある。
これらの限界を認識しつつも、本研究は環境移住という新たな概念的視点を提唱し、その理論的基盤を構築することに貢献した。今後の研究により、これらの限界が克服され、理論がさらに精緻化されることが期待される。
今後の研究展開
本研究は、南フランス・エクサンプロヴァンスへの移住(2025年5月〜2026年7月)を事例としているが、著者は2026年8月からカナダ・バンクーバーへの再移住を予定している。
この再移住は、環境移住の「循環モデル」を実証する貴重な機会となる。すなわち、エクスでの環境との相互作用を通じて再構築されたハビトゥスが、次の環境選択(バンクーバー)にどのような基準を与えるか、そしてバンクーバーという新たな環境が再びハビトゥスをどう変容させるかを追跡することで、循環モデルの妥当性を縦断的に検証できる。
今後の研究では以下を計画している:
- 環境選択基準の変化の分析: エクスでの経験が、バンクーバー選択にどのような影響を与えたか。第一周期の環境移住が、第二周期の選択基準をどう更新したか。
- 異なる文化圏での価値観変容の比較: 地中海文化圏(エクス)と北米文化圏(バンクーバー)という対照的な環境での経験が、価値観形成にどのような異なる影響を与えるか。
- 複数回の環境移住が子どもの適応力とアイデンティティ形成に与える影響: 一つの環境に定着するのではなく、複数の環境を経験する現代的移住のダイナミズムが、子どもの成長にどのような影響を与えるか。
- 環境移住の循環モデルの縦断的実証: 2つ以上の環境を経験することで、循環モデルの各段階(環境選択→相互作用→文化資本獲得→ハビトゥス再構築→次の環境選択)が実際に機能することを実証的に検証する。
これらの継続研究により、環境移住の理論的枠組みをより堅牢なものとし、複数環境を経験する現代的移住のダイナミズムを明らかにすることを目指す。
第10章 結論
本研究は、「環境移住(Environment-Oriented Migration)」という新たな概念的視点を提唱し、その理論的枠組みを構築することを目的として行われた。本章では、研究の主要な発見を要約し(10-1)、学術的貢献を総括し(10-2)、実践的示唆を提示し(10-3)、社会的意義を論じ(10-4)、最後に未来への展望を示す(10-5)。
10-1. 主要な発見のまとめ
環境移住の定義
本研究は、環境移住を以下のように定義した。
「文化・価値観・社会的環境を含む”環境そのもの”を基準に、家族や個人の長期的な価値観形成に最適な居住環境を主体的に選ぶ移住」
この定義には、三つの核心的要素が含まれる。第一に、「環境そのもの」を基準とすること。これは、教育制度や経済機会といった個別条件ではなく、物理的環境、社会文化的環境、価値観・世界観を含む統合的な環境概念である。第二に、「長期的な価値観形成」を目的とすること。短期的な利便性ではなく、5年後、10年後の自分や家族がどのような価値観を持つ人間になるかを視野に入れる。第三に、「主体的に選ぶ」という行為。受動的な移住ではなく、能動的・意識的な環境選択である。
環境移住の位置づけ
重要なのは、環境移住は新たな移住の「類型」ではなく、既存のあらゆる移住に適用可能な「分析視角」または「評価の枠組み」であるという点である。教育移住、ノマド移住、ライフスタイル移住、田園回帰といった既存の移住形態を批判するのではなく、それらを補完し、より包括的に捉え直すためのメタ視点として機能する。
環境と価値観の循環モデル
本研究の中核をなす理論的貢献は、環境と価値観の循環モデルの構築である。このモデルは、以下の5段階から構成される。
- 価値観に基づく環境選択: 既存のハビトゥス(無意識の傾向性)に基づいて、移住先の環境を選択する。
- 環境との日常的相互作用: 新しい環境での日常的実践(朝市、地域行事、カフェでの会話など)への参加を通じて、環境と相互作用する。
- 新たな文化資本の獲得: 環境との相互作用を通じて、言語感覚、時間感覚、人間関係の距離感、美意識、食への価値観といった身体化された文化資本を獲得する。
- ハビトゥスの再構築: 獲得した文化資本が、既存のハビトゥスを変容させ、新たな価値観として内面化される。
- 再構築されたハビトゥスに基づく次の環境選択: 新たな価値観が、次の環境選択(定住、移動、帰国)の基準となる。
このモデルの重要性は、移住を一度きりの選択ではなく、継続的・循環的プロセスとして捉える点にある。環境を選び、環境と相互作用し、価値観を変化させ、それに基づいて次の環境を選ぶという動的プロセスが、環境移住の核心である。
環境の三層モデル
本研究は、環境を三つのレイヤーから構成される複合的な概念として理論化した。
- レイヤー1(物理的環境): 気候、都市景観、自然環境、インフラといった可視的・物質的要素。
- レイヤー2(社会文化的環境): 時間感覚、対人距離感、言語環境、食文化、美意識、暗黙のルールといった文化的・社会的要素。
- レイヤー3(価値観と世界観): 時間観、仕事と生活のバランス、個人主義vs集団主義、自然との関係、豊かさの定義といった深層的な価値体系。
これら三層は独立して存在するのではなく、相互に影響し合う。物理的環境が社会文化的環境を規定し、社会文化的環境が価値観を反映・形成し、価値観が物理的環境の在り方に影響を与える。
エクサンプロヴァンスのケーススタディ
第6章では、著者自身の南フランス・エクサンプロヴァンスへの移住を事例として、環境と価値観の循環モデルを実証的に検討した。温暖な気候、歴史的街並み、朝市文化、ゆったりとした時間感覚、芸術・美意識の重視といった環境要因が、時間感覚、人間関係の距離感、食への態度、美意識、季節感といった価値観の変容をもたらすプロセスが記述された。
このケーススタディにより、理論モデルの実証的妥当性が示されると同時に、環境と価値観の相互作用の具体的メカニズムが明らかになった。
10-2. 学術的貢献
貢献1: 移住研究のパラダイム転換
本研究の最も重要な学術的貢献は、移住研究のパラダイムを転換したことである。従来の移住研究の多くは、合理的選択理論(rational choice theory)に基づいていた。すなわち、移住者は経済的機会、教育機会、生活条件といった客観的要因を評価し、最も利益の大きい選択肢を選ぶという前提である。
本研究は、このパラダイムを以下のように転換した。移住は、単なる条件の最適化ではなく、環境と価値観の動的・循環的プロセスである。移住者は環境を選ぶが、同時に環境によって形作られる。この相互作用のプロセスこそが、移住の本質である。
この転換は、「構造と能動性(structure and agency)」という社会学の古典的問題に対する新たな視点を提供する。移住者は能動的主体(agent)であると同時に、環境という構造(structure)に規定される存在でもある。ブルデューのハビトゥス概念を移住研究に応用することで、この弁証法的関係を理論化した。
貢献2: 学際的理論統合
本研究の第二の学術的貢献は、社会学(ブルデューの文化資本論とハビトゥス概念)と環境心理学(Place Attachment理論)を統合し、学際的な理論的枠組みを構築したことである。
従来、移住研究は個別の学問領域内で行われることが多かった。社会学は階級、文化資本、社会移動に焦点を当て、心理学は適応、アイデンティティ、幸福に焦点を当て、地理学は空間、場所、移動に焦点を当ててきた。しかし移住という現象は、これら複数の側面を統合的に理解する必要がある。
本研究は、ブルデューの理論(文化資本の獲得とハビトゥスの再構築)とPlace Attachment理論(場所への愛着の形成)を統合することで、移住後の長期的プロセスを包括的に理論化した。この学際的統合は、今後の移住研究の新たな方向性を示している。
貢献3: 包括的環境概念の理論化
本研究の第三の学術的貢献は、「環境」という概念を三層構造として体系的に理論化したことである。従来の移住研究では、環境は断片的に扱われてきた。第4章で詳述した三層モデルにより、物理的環境、社会文化的環境、価値観・世界観を統合し、それらの相互関係を明示化した。
この包括的環境概念は、環境決定論と文化相対主義の間の中道を示している。環境が人々の価値観を規定する力を持つことを認めつつ、同時に人々が能動的に環境を選択し、解釈し、変容させる力も認める。
貢献4: 自己エスノグラフィーの方法論的貢献
本研究の第四の学術的貢献は、自己エスノグラフィーを用いて理論構築を行ったことである。自己エスノグラフィーは、研究者自身の主観的経験を分析対象とする質的研究手法であり、しばしば客観性の欠如を批判される。
しかし本研究は、自己エスノグラフィーが理論構築において有効な方法であることを示した。環境と価値観の相互作用は、長期的・動的プロセスであり、外部からの観察では捉えにくい。自己の内的変化を継続的に記録し、既存理論と照合することで、理論的洞察が得られる。
本研究は、自己エスノグラフィーと理論統合を組み合わせることで、主観性を研究の資源として活用しつつ、理論的厳密さを確保する方法を示した。
10-3. 実践的示唆
個人・家族への示唆
本研究は、移住を検討する個人・家族に対して、以下の実践的示唆を提供する。
1. 条件ではなく環境全体を評価する
従来のチェックリスト方式(家賃、学校、治安)ではなく、環境全体(三層モデル)を統合的に評価する。第7章で提示した環境評価マトリクスと価値観マップを用いて、自分たちの価値観と調和する環境を選ぶ。
2. 長期的視点で選択する
「今、何が便利か」ではなく、「5年後、10年後、どんな人間になりたいか」という長期的視点から環境を選ぶ。未来からの逆算思考により、価値観形成を意識した環境選択が可能になる。
3. 家族全員の幸福を考慮する
子どもの教育や自分の仕事だけでなく、家族全員(配偶者、子ども、高齢の親)の幸福と適応を考慮する。誰かが犠牲になる移住は持続可能ではない。
4. 適応は段階的プロセスであることを理解する
第4章の5段階モデルにより、適応は時間をかけて進行することを理解し、初期の困難を乗り越える覚悟を持つ。最初の1-2年は適応の困難さが大きいが、3年目以降は環境との調和が生まれる。
移住支援組織への示唆
自治体、NPO、移住支援組織に対して、以下の示唆を提供する。
1. 段階的支援の提供
画一的な支援ではなく、移住者の段階(初期適応期、文化的理解期、価値観変容期、価値観定着期、統合期)に応じた柔軟な支援を提供する。
2. 環境の質の向上への投資
補助金だけでなく、環境の質の向上(公共空間の整備、文化イベントの充実、地域コミュニティの活性化)に投資する。質の高い環境が、移住者を惹きつけ、定着を促進する。
3. 環境と移住者の相互作用の促進
移住者を単に「受け入れる」のではなく、移住者と地域住民の相互作用を促進する仕組み(言語交換、協働プロジェクト、文化イベント)を構築する。
政策立案者への示唆
移住促進政策を担う国や自治体に対して、以下の示唆を提供する。
1. 量から質への転換
移住者数の増加だけでなく、移住の質(適応度、幸福度、定着率、地域への貢献)を重視する政策へと転換する。
2. 環境の質を測定する指標の開発
従来の経済指標(所得、雇用率)だけでなく、環境の質を測定する指標(文化イベントの数、公共空間の質、コミュニティの活性度、住民の幸福度)を開発し、政策評価に活用する。
研究者への示唆
今後の移住研究に対して、以下の方向性を示唆する。
1. 学際的アプローチの推進
社会学、心理学、地理学、人類学、教育学といった複数の学問領域を統合した研究を推進する。移住という現象は、単一の学問領域では十分に理解できない。
2. 長期的・縦断的研究の実施
移住後の長期的プロセス(5年、10年、20年)を追跡する縦断研究により、価値観変容と環境の相互作用をより詳細に理解する。
3. 質的研究と量的研究の統合
自己エスノグラフィーや深層インタビューといった質的研究と、質問票調査や統計分析といった量的研究を統合し、理論構築と実証検証の両方を行う。
10-4. 社会的意義
新しい豊かさの定義
本研究が示した最も重要な社会的意義は、「豊かさ」の定義を拡張したことである。21世紀の豊かさは、経済的指標(GDP、所得、消費)だけでは測定できない。時間のゆとり、人間関係の豊かさ、美しい環境、季節感、文化的刺激、精神的充実といった質的要因が、豊かさの重要な要素である。
環境移住という概念は、この新しい豊かさを具体化するものである。人々は経済的理由だけで移住するのではなく、「質の高い環境の中で、自分らしい価値観を育みながら生きること」を求めて移住する。この視点は、持続可能な社会への転換にも寄与する。
グローバル化の新しい形
21世紀のグローバル化は、経済的グローバル化だけでなく、ライフスタイルのグローバル化でもある。人々は、国境を越えて、自分の価値観に合った環境を選ぶようになっている。環境移住は、このライフスタイルのグローバル化を理論化し、「どこで、どのように生きるか」という選択の自由を拡大する。
多文化共生の深化
環境移住の視点は、多文化共生を一方向的な「受け入れ」から、双方向的な「相互変容」へと転換する。移住者は環境に適応するだけでなく、環境から学び、環境を変容させる。受け入れ側の地域社会も、移住者との相互作用を通じて、新たな文化資本を獲得し、変容する。この双方向性が、多文化共生の新しい形を示している。
地方創生への質的アプローチ
日本における地方創生政策は、主に量的指標(人口増加、経済成長)に焦点を当ててきた。本研究が示す環境移住の視点は、地方創生に質的アプローチを導入する。単に「人を増やす」のではなく、「質の高い環境を作り、移住者と地域住民の相互作用を促進し、双方が価値観を豊かにする」という視点である。
持続可能性への貢献
環境移住は、「環境の質」を中心に置くことで、持続可能性への配慮を促進する。環境の質を重視する移住者は、地産地消、公共交通の利用、自然との調和、歴史的街並みの保全といった持続可能な生活様式を選択する傾向がある。環境移住の広がりは、経済成長至上主義から、環境の質と持続可能性を重視する社会への転換を促進する可能性を持つ。
10-5. 未来への展望
研究の継続と発展
本論文は、環境移住という概念の理論的基盤を構築したが、これは研究の出発点に過ぎない。
著者自身が2026年8月からカナダ・バンクーバーへ再移住することで、環境移住の「循環性」を身をもって実証する機会を得る。エクスで形成された価値観が次の環境選択にどう影響し、バンクーバーという全く異なる文化圏(北米vs地中海、英語圏vsフランス語圏)での経験が価値観をどう再構築するか。
バンクーバーは、エクスとは対照的な環境特性を持つ。地中海文化圏vs北米文化圏、小規模歴史都市vs大都市、フランス語圏vs英語圏、といった対比により、環境の「質的違い」が価値観変容に与える影響を比較分析できる。
この縦断的研究により、環境移住理論は単一事例の限界を超え、より普遍的な理論へと発展する可能性を持つ。
環境移住は、一度きりの選択ではなく、生涯にわたる循環である。本研究はその第一周期を記録したものであり、第二周期以降の追跡によって、理論の精緻化と実証的検証を進めていく。
環境移住という生き方
本研究の核心的なメッセージは、「私たちは環境に形づくられる存在であると同時に、環境を選ぶ自由を持つ」という点である。この一見矛盾する二つの側面を、弁証法的に統合することが、環境移住の本質である。
私たちは、環境によって受動的に形づくられるだけの存在ではない。能動的に環境を選び、環境と相互作用し、環境を変容させることができる。同時に、選んだ環境が私たちを形づくり、新たな価値観を育む。この循環的プロセスが、人生を豊かにする。
環境移住研究の今後の発展
本研究は、環境移住という概念の理論的基盤を構築したが、これは始まりに過ぎない。今後の研究により、以下の発展が期待される。
- 多様な文脈での実証研究: アジア、北米、北欧、南米など、多様な地域での事例研究により、理論の普遍性と文化特殊性を明らかにする。
- 量的研究による検証: 大規模な質問票調査により、環境評価、価値観変容、適応度、幸福度の関係を統計的に検証する。
- 縦断研究による長期的追跡: 10年、20年という長期にわたって移住者を追跡し、価値観変容の長期的プロセスと循環モデルの複数サイクルを観察する。
- 環境評価ツールの開発: 環境の三層モデルに基づいた評価ツールを開発し、移住検討者が実践的に使用できるようにする。
- 政策研究への応用: 環境移住の視点を、移住促進政策、地方創生政策、多文化共生政策に応用する実証研究を行う。
最後に:環境を選ぶ自由と責任
本研究を締めくくるにあたり、環境を選ぶ自由には責任が伴うことを強調したい。環境を選ぶ自由は、特権でもある。すべての人が自由に環境を選べるわけではない。経済的制約、政治的制約、家族的制約により、選択肢が限られている人々が多数存在する。
環境を選ぶ自由を持つ者は、その自由を賢明に使う責任がある。単に自分の快適さを追求するだけでなく、移住先の地域社会に貢献し、文化的多様性を尊重し、持続可能な生活様式を選択する責任がある。
また、環境を選ぶ自由を持たない人々に対して、その自由を拡大する努力も必要である。教育へのアクセス、情報へのアクセス、経済的機会の拡大により、より多くの人々が環境を選ぶ自由を持てる社会を目指すべきである。
結びの言葉
環境移住という概念は、「どこに住むか」という地理的問いを超えて、「どう生きるか」「どんな人間になりたいか」「どんな価値観を大切にするか」という実存的問いへと私たちを導く。
21世紀を生きる私たちは、以前の世代よりもはるかに大きな選択の自由を持っている。この自由を活かし、自分の価値観と調和する環境を選び、その環境との相互作用を通じて、自分自身を形づくっていく。環境は単なる背景ではなく、私たちの人生の共同創造者である。
本研究が、移住を検討する人々、移住を支援する組織、移住を研究する学者に対して、新たな視点と実践的指針を提供し、より豊かで持続可能な社会の実現に寄与することを願って、本論文を締めくくる。
参考文献
- Benson, M., & O’Reilly, K. (2009). Lifestyle Migration: Expectations, Aspirations and Experiences. Ashgate.
- O’Reilly, K., & Benson, M. (2009). Lifestyle migration: Escaping to the good life? In M. Benson & K. O’Reilly (Eds.), Lifestyle Migration: Expectations, Aspirations and Experiences (pp. 1-13). Ashgate.
- Bourdieu, P. (1979). La Distinction: Critique sociale du jugement. Les Éditions de Minuit. (ブルデュー, P. (1990). 『ディスタンクシオン:社会的判断力批判』石井洋二郎訳, 藤原書店.)
- Bourdieu, P. (1980). Le sens pratique. Les Éditions de Minuit. (ブルデュー, P. (1988). 『実践感覚』今村仁司・港道隆訳, みすず書房.)
- Scannell, L., & Gifford, R. (2010). Defining place attachment: A tripartite organizing framework. Journal of Environmental Psychology, 30(1), 1-10.
- 小田切徳美 (2014). 『農山村は消滅しない』岩波書店.
- Waters, J. L. (2006). Geographies of cultural capital: Education, international migration and family strategies between Hong Kong and Canada. Transactions of the Institute of British Geographers, 31(2), 179-192.
- Hoey, B. A. (2014). Opting for Elsewhere: Lifestyle Migration in the American Middle Class. Vanderbilt University Press.
- Benson, M., & Osbaldiston, N. (Eds.). (2014). Understanding Lifestyle Migration: Theoretical Approaches to Migration and the Quest for a Better Way of Life. Palgrave Macmillan.
- King, R., Warnes, A. M., & Williams, A. M. (2000). Sunset Lives: British Retirement Migration to the Mediterranean. Berg.
- Ong, A. (1999). Flexible Citizenship: The Cultural Logics of Transnationality. Duke University Press.
- Brooks, R., & Waters, J. (2011). Student Mobilities, Migration and the Internationalization of Higher Education. Palgrave Macmillan.
- 藤山浩 (2015). 『田園回帰1%戦略:地元に人と仕事を取り戻す』農山漁村文化協会.
- 小田切徳美・筒井一伸編著 (2016). 『田園回帰の過去・現在・未来:移住者と創る新しい農山村』農山漁村文化協会.
- 小田切徳美・藤山浩ほか (2015). 『はじまった田園回帰:現場からの報告』農山漁村文化協会.
- Lewicka, M. (2011). Place attachment: How far have we come in the last 40 years? Journal of Environmental Psychology, 31(3), 207-230.
- Altman, I., & Low, S. M. (Eds.). (1992). Place Attachment. Plenum Press.
- Manzo, L. C., & Devine-Wright, P. (Eds.). (2013). Place Attachment: Advances in Theory, Methods and Applications. Routledge.
- Proshansky, H. M., Fabian, A. K., & Kaminoff, R. (1983). Place-identity: Physical world socialization of the self. Journal of Environmental Psychology, 3(1), 57-83.
- Castles, S., de Haas, H., & Miller, M. J. (2013). The Age of Migration: International Population Movements in the Modern World (5th ed.). Palgrave Macmillan.
- Ellis, C., Adams, T. E., & Bochner, A. P. (2011). Autoethnography: An overview. Forum: Qualitative Social Research, 12(1), Art. 10.
- Chang, H. (2008). Autoethnography as Method. Left Coast Press.
- Tuan, Y. F. (1977). Space and Place: The Perspective of Experience. University of Minnesota Press.
- Ingold, T. (2000). The Perception of the Environment: Essays on Livelihood, Dwelling and Skill. Routledge.
- Nowicka, M. (2014). Migrating skills, skilled migrants and migration skills: The influence of contexts on the validation of migrants’ skills. Migration Letters, 11(2), 171-186.
- Oliver, C., & O’Reilly, K. (2010). A Bourdieusian analysis of class and migration: Habitus and the individualizing process. Sociology, 44(1), 49-66.
- 綱川雄大 (2023). ライフスタイル移住概念を通してみる日本の人口移動研究. 文学研究論集, 58, 57-72.
- 鈴木修斗 (2023). 軽井沢町およびその周辺の新興別荘地区における現役世代のアメニティ移住. 地理学評論, 96A(1), 1-32.
- 松永桂子 (2015). 『ローカル志向の時代: 働き方、産業、経済を考えるヒント』光文社.
- 是川夕 (2019). 『移民受け入れと社会的統合のリアリティ: 現代日本における移民の階層的地位と社会学的課題』勁草書房.
- 田口誠 (2014). 自然体験と環境配慮行動: 環境心理学からのアプローチ. 心理学評論, 57(3), 365-381.
- 宮崎弦太・佐伯大輔・矢田尚也・池上知子 (2018). 都市的環境と居住者の人生満足度──都市生活環境尺度に基づく検討──. 心理学研究, 89(1), 50-60.
- Radogna, R. M. (2022). The concept of habitus in migration studies: A systematic literature review. Sociologie Românească, 20(1), 108-125.
- Glaser, B. G., & Strauss, A. L. (1967). The Discovery of Grounded Theory: Strategies for Qualitative Research. Aldine.
- 藤澤亜紀 (2024)「はじめまして、藤澤亜紀です」note, https://note.com/afujisawa528/n/nd3657f546b16 (2026年1月12日閲覧)
- 藤澤亜紀 (2025a)「オランダが私たち夫婦に合っていた理由ー 1年住んで見えてきたこと」note, https://note.com/afujisawa528/n/nbfd4559a2adb (2026年1月12日閲覧)
- 藤澤亜紀 (2025b)「オランダで体験した『古き良き日本』のようなご近所づきあい」note, https://note.com/afujisawa528/n/n34964f01db78 (2026年1月12日閲覧)
- 藤澤亜紀 (2025c)「オランダ語ゼロで移住して1年。英語だけで困ってない話」note, https://note.com/afujisawa528/n/na5fa35f6a199 (2026年1月12日閲覧)
